金閣寺 (新潮文庫)
作者 三島 由紀夫
価格 580 円
出版社名 新潮社
出版年月 1960/09
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    第8回 読売文学賞   受賞
完全なる美。金閣はここでは美の象徴として描かれています。美そのものに善悪はない。しかし、圧倒的な美は、感受性の高い主人公の心を鷲掴みにしてしまうようです。格調高い文体で描かれたこの作品は、私にとって三島由紀夫を読み漁るきっかけとなりました。作者の美に対する探究心を見た思いがしました。歴史的事実である金閣炎上をモチーフにしているせいか、読みやすいように思います。

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■読者の評価     おすすめ度平均

時間がかかる       おすすめ度
三島さんの他の作品は結構好きなんですが、
なんというか金閣寺はなかなか敷居が高い。

寺用語?がまずうまく理解できないんですよね。
調べながらになってしまうのでどうしても読むのに時間がかかる。
そうすると読むのがだんだん嫌になってくる。

この本は二回読むべきかな、と思いました。
私はまだ一回しか読んでいないので☆三つですが、
金閣寺は二回目が本番だと思います。


難解である       おすすめ度
10年前に読んだ時は半分も理解できなかった様に思う。
最近読み返して文章のすばらしさや内容が理解できた。
2回以上は読んでみる作品である。


キッショク悪〜い男の話       おすすめ度
「金閣寺を焼く」という終わりは決まっていて読者にもそれを意識させながら蛇のような主人公の内観を嫌というほど見せ付けてくる。

少年の頃から卑屈さと捻れを抱えた主人公の心。
成長していていくごとにその卑屈さ劣等感に磨きがかかっていく。
その心の揺れ動きに対する表現力の饒舌さに息苦しくさえなる。
慣れるまで一連の冗長な文章を理解しきるのは困難を極める。
読みながら想像力が文章に遅れをとっていくのを感じる。
普通途中で投げ出す方向に進むのだが、本書の場合それを思いとどまらせる力がある。

性衝動と心の内観や美とを絡めすぎていて「そこまでするか」と笑ってしまう部分もあります。
あっさりやりすごせばいいものを「こねくりまわす」事を趣旨としているかのような主人公にまどろっこしさを感じます。
が、全部が全部この調子で貫かれているので「そんな世界なんだ」と思えてくるのが怖い。

作者が主人公に寄り添わねばこの心のうちは表現し切れぬものだと思うのだが、それでも全く主人公に肩入れしていない人物の独立性が凄い。
31歳でこんなものが書けるんだな・・・


金閣寺       おすすめ度
金閣寺への放火事件という実話に基づいた話ですが細部はかなり事実とは異なっているそうです。僕もそうでしたが「三島文学は苦手」という人も、
この作品からなら比較的入りやすいかもしれません。登場人物の内面描写も丁寧で読みやすいです。

吃音症の主人公は自分の考えや感情を周囲に上手く表現できないわけですが
そういうイラだちの中で、何か観念的で美しいものにひかれる心情が痛いほど伝わってきます。醜さと共存する美しさについて上手くかけていると思います。
個人的には三島文学の最高傑作かなと思います。いかにも戦後日本といった雰囲気を味わうことができると思います。


三島文学は決して愛されない       おすすめ度
 鋭敏に説く詩句のような文体、その根源に存在する美意識に陶酔する官能的エロティシズムとコンプレックスの因果、その素養から見受けられる通り決して三島文学は大衆に受け入れられる代物ではございません。そして数ある書物の中でも金閣寺は長年三島さんが抱え込んできた「美」に対する超越した感受性を過度に露出した作品の一つであると感じます。
 率直に申し上げますと私はこの本を人にはオススメしたくはありません、なぜなら三島さんの特殊な美観と長年培われてきた自己否定の対立が生む文学に対する感受性を持つ人間を想像できないからです。凄まじい作品でありながらエリート意識を抱え込んでいます、というのは三島由紀夫の肯定する美しさとは何か?に共鳴できるか否かが物凄く極論的に分かれてしまうからです。文章の書き方から性癖の素養まで、その美意識は細部にわたり、彼の文学を縛り上げています。
 彼の本よ読んで受け入れる事のできない人間は数多いでしょう、そして身悶えする感動を見いだす人間は少ないでしょう。しかしながら、この本を手にとりチャレンジするのは一風変わった、巧みな美意識にかられた人間を伺う事に当たって非常に良い機会でしょう。
 金閣寺はその序章としては困難かもしれません、しかしながらどの三島著書をとっても例外無く困難極まっております。理解できなければそれはそれで良し、しかしこの感動を知るに至っては願わくば万人に受け入れられれば幸いかと思われます。