作者 司馬 遼太郎
価格 700 円
出版社名 中央公論社
出版年月 1995/02
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    第33回 読売文学賞   受賞
歴史を変革する人物を描きつづけた著者が初めて身近な、正岡子規の詩心と情趣を受け継いだひとびとの豊饒にして清々しい人生を深い共感と愛惜をこめて刻む。司馬文学の核心をなす画期的長篇。

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■読者の評価     おすすめ度平均

正岡子規とその係累に連なる者たち       おすすめ度
正岡子規本人というよりは、彼の家族や親戚、そして彼らの友人たち(正岡忠三郎、ぬやま・ひろし(西沢隆二)、富永太郎など)の物語。特に、彼の実妹で二度離縁して彼の最期を看取った律(りつ)の物語が印象的。子規の作品群やその周辺事情、そしてひいては「明治」という時代を理解する(というよりは感じる)ためにもお勧め。下巻も楽しみである。


司馬の最晩作       おすすめ度
子規の死後養子・忠三郎とその友人「タカジ」を、多数のひとびととともに描いた中編。
「竜馬がゆく」「坂の上の雲」で見せた群像小説の司馬と、
「故郷忘じがたく候」「草原の記」で見せた、
現代において「数奇な人生」を生きる人を、司馬遷さながらの簡潔な文体で綴る記録文学としての司馬、
双方を1つの方向性に統合を与えた、まさに「司馬文学の中核をなす」作品である。

紙幅の割に登場人物が異様に多く、
様々な人物が泡沫のように現れ、挿話を展開してはまた別の人が現れる、という構成で、
これは結果として巨大な群像小説となった「坂の上の雲」において(同作は司馬群像小説の極北である)、
半ばとらざるを得なかった手法を発展的に用いているかのようである。
「坂の上の雲」では、それが為に当初の主役であった子規の物語が後退を余儀なくされた。
本作では、子規と関わりのあるひとびとを扱っており、
むしろ影の主役は子規とも言え、
意趣返しとしてもお釣りが来るほどの出来に仕上がっている、と言える。
登場人物が次々に変わるとりとめのなさに、むしろ一種の文学的香気さえ漂う。
小説家としての司馬を系譜的に理解する上で最重要の作品。


司馬さんの文学の核心を感じる作品。       おすすめ度
 松山を舞台に、正岡子規の心と情趣を、当時の人間模様を絡めながら描いた、司馬さんの文学の核心を感じる作品。これは、1979年から執筆されていますが、当時正岡子規が生きた時代を書かれた作品がありませんから、集中して取材をされ、気持ちを暖められて執筆されたものと思います。
 ひょっとすると、ずいぶん前に書かれた「坂の上の雲」を思い起こされながら、まとめられたかもしれませんね。


司馬文学の転換点       おすすめ度
この作品の執筆に先立ち司馬は「坂の上の雲」という日露戦争を描いた大作を執筆しています。この作品は「坂の上の雲」に登場した主要人物である正岡子規・秋山真之・秋山好古の3人のご子息、殊に正岡子規の妹律の養子正岡忠三郎とその友人で元共産党運動家だった「ぬやま・ひろし」と司馬の交流を通して描かれたルポタージュです。自分より先に逝ってしまった友人たちの足跡をたどりながら司馬は心に彼らの「跫音(あしおと)」を聞いたのかもしれません。司馬はこの作品の執筆前後から文学としての熟成薫を増しています。その転換点となった作品として、また司馬文学のもうひとつの原点としてお薦めします。

病床の忠三郎が「丹波焼」の「土鍋(?)」で司馬に料理を振舞う場面、妹の勧めでクリスチャンの洗!礼を受けた忠三郎が人から「なんでクリスチャンになったんだ」と聞かれて答える場面、「ぬやま・ひろし」の最後の司馬宅訪問、そんな場面が心に残りました。



素晴らしい作品、としか形容の仕様がない!       おすすめ度
これは、驚くような清らかな人の心の軌跡を辿る、小説である。
司馬遼太郎が歴史文学とは違った目線で、明治から現代に生きた一組の集団、正岡子規と秋山兄弟の縁の人たちを見つめている。

その視線はやさしく、奥行きがあり、大人である。

正岡子規は有名であるが、偉人の回りにはその人と影響を与え合った人たちがいて、その人たちによって偉人は存在しているとも言える。
素晴らしい作品、としか形容の仕様がない。