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■読者の評価
おすすめ度平均
ここまで誠実な文学が書けるものか おすすめ度
筆者が一文一語に魂を込めて書いている様が伝わってきます。
内容云々は置いておいて、
表現をやらざるを得ない人が誠心誠意、創作した物に触れることができました。
全編、爆笑しながら読みました。
内容云々は置いておいて、
表現をやらざるを得ない人が誠心誠意、創作した物に触れることができました。
全編、爆笑しながら読みました。
面白い おすすめ度
まだ途中までしか読んでいませんが、これまでのところ一番楽しかったのは「彼女たちの事情など知ったことか」です。
「点滅…」は他のレビュアーの方によると「分析が容易」だそうで、それに釣られてこの短編を分析すると、志賀直哉の「暗夜行路」と同じ話だといえそうだと思います。
「暗夜行路」の主人公は、最後に近代日本に存在する「超越的なもの」との和解を果たしますが、「点滅…」では、個人と超越的なものは一瞬融合のようなことはするのですが、直後に融合は消滅します。
これが作者のたどり着いた回答、ではないと私は思いますが、そんな風にも読めるから注目されたのではないかと思いました。
「点滅…」は他のレビュアーの方によると「分析が容易」だそうで、それに釣られてこの短編を分析すると、志賀直哉の「暗夜行路」と同じ話だといえそうだと思います。
「暗夜行路」の主人公は、最後に近代日本に存在する「超越的なもの」との和解を果たしますが、「点滅…」では、個人と超越的なものは一瞬融合のようなことはするのですが、直後に融合は消滅します。
これが作者のたどり着いた回答、ではないと私は思いますが、そんな風にも読めるから注目されたのではないかと思いました。
くだらない! おすすめ度
作中の主人公の一人称の短編集なので、その中で理不尽な怒りや行き場の無い憤りを感じたり、またその怒りをぶつけたりします、それも短絡的なやり方で。また話しの中に作者が顔を出します。その作者が言いたい事がただの泣き事にしか聞こえませんでした。こんなつまらないモノ(cobo注、作者中原の書く小説の事)を書いて生活費を稼ぐ事はくだらない事であるし、書いてある事もくだらない事だ、自分には才能も無いためにそういうモノ(表題作『名もなき孤児たちの墓』の名もなき孤児とはこの短編の作品の事)を意図的に書いてきたつもりだと。またそれでも何かを書くなら言葉を持たないモノの意志を代弁したり、この作品の意味を可能な限り軽くする事だと。
はたしてこの作者の言葉を信用してよいのだろうか?
あるいはこの作者の声もまた作品の中の創作の作者なのか?
とかいう事は私にとってどうでも良い。理解しない訳ではなくただ、どちらであったとしても クダラナイ戯言だ という点で一緒だと思う。作者の伝えたい事がただの(もちろん私にとって)泣き事であり、クダラナイ戯れ事である事は伝わったがそれ以上でもそれ以下でもない。それでも小説としての形をとる事もあっても良いが、私ならわざわざそういうモノをこれ以上は読みたいとは思えない。
私は正直にただクダラナイと感じました。
はたしてこの作者の言葉を信用してよいのだろうか?
あるいはこの作者の声もまた作品の中の創作の作者なのか?
とかいう事は私にとってどうでも良い。理解しない訳ではなくただ、どちらであったとしても クダラナイ戯言だ という点で一緒だと思う。作者の伝えたい事がただの(もちろん私にとって)泣き事であり、クダラナイ戯れ事である事は伝わったがそれ以上でもそれ以下でもない。それでも小説としての形をとる事もあっても良いが、私ならわざわざそういうモノをこれ以上は読みたいとは思えない。
私は正直にただクダラナイと感じました。
一作だけ秀逸 おすすめ度
全体の9割が空虚なほどつまらない文章の小説は当然の如く駄作だろう。この本もそうだった。しかしこの本の場合は短編集で、しかも残りの1割が「悪くない」「なかなか良い」レベルじゃなく「かなり良い」のレベルだった。そのかなり良い作品とは『女と付き合う柄じゃない』だ。唯一完成された作品であり、アイロニーが素晴らしい。他に15ほどのタイトルが収録されていて、たまに笑える部分があるが(トーテムポールの部分など)それだけのために読むのは無駄な行為。本当はこれほどつまらないと優秀な作品があっても最低点をつけるところだけど、最後に堂々と「自分は才能がなく、つまらない」と総括のように謳い上げているので良しとした。あと表題作も「なかなか良い」レベル。
… おすすめ度
異端と呼ばれる中原昌也ですが、実は、彼はいちばんオーソドックスに「文学」をやっている人じゃないか、と僕は思います。一般に誤解されているけれど、小説は基本的に感情移入して読むものじゃないし、波乱万丈の物語を楽しむものではありません。じゃあなんなの?と言われても、そんなことは誰にもわかりません。きっと(真っ当な)小説家もそれをずっと考え続けているのでしょう。
この作品は、1.絶対に感情移入できない。 2.話が意味わからん、てゆうか、ストーリーになってない。 と、「文学」の基本を忠実に守っているわけです。真っ当に文学やってる人が、世間の「文学」の定義がずれているせいで、異端と見られてしまうわけです。
よって、これぞまさに文学です。まあ、僕は中原昌也の本を最後まで読み通したことがないんですけど。(文章が嫌い! なんでこの人わざと下手くそっぽく書いてるんだ!?)
この作品は、1.絶対に感情移入できない。 2.話が意味わからん、てゆうか、ストーリーになってない。 と、「文学」の基本を忠実に守っているわけです。真っ当に文学やってる人が、世間の「文学」の定義がずれているせいで、異端と見られてしまうわけです。
よって、これぞまさに文学です。まあ、僕は中原昌也の本を最後まで読み通したことがないんですけど。(文章が嫌い! なんでこの人わざと下手くそっぽく書いてるんだ!?)

