マシアス・ギリの失脚 (新潮文庫)
作者 池澤 夏樹
価格 820 円
出版社名 新潮社
出版年月 1996/05
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    第29回 谷崎潤一郎賞   受賞
南洋の島国ナビダード民主共和国。日本とのパイプを背景に大統領に上りつめ、政敵もないマシアス・ギリはすべてを掌中に収めたかにみえた。日本からの慰霊団47人を乗せたバスが忽然と消えるまでは…。善良な島民たちの間でとびかう噂、おしゃべりな亡霊、妖しい高級娼館、巫女の霊力。それらを超える大きな何かが大統領を呑み込む。豊かな物語空間を紡ぎだす傑作長編。

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■読者の評価     おすすめ度平均

架空の島国に重ねた日本論       おすすめ度
 オセアニアにある架空の島国(ナビダート)を舞台にした幻想的な独裁者小説。こう書くと、どうしても「族長の秋」等のラテン・アメリカ小説を思い出してしまうが、この作品に出てくる独裁者はラテン・アメリカの独裁者小説の主人公に較べると大人しく、血みどろのことはやらない。意図的かもしれないが、まるで日本の政治家のようである。(実際、主人公の師匠・竜造寺は日本の国会議員である。)劇中にずっと描かれている旧日本軍の侵略の記憶とODAを活用した日本の外交政策、日本とナビダートのような島国国家の政治のありよう、といった要素が、南の島のマジック・リアリズムとあいまって、独特の空間を作っている。長い小説なのに退屈せずに読めたが、気になったのは以下。

-1. 主人公が日本から即席ラーメンを輸入して大儲けするエピソードがある。この小説のように日本の小売店から買ったラーメンを輸入して販売すると、食料品が日本より遥かに安い途上国の場合、庶民には全く手が出ない値段で売ることになるので、少し設定に無理があると思った。

-2. 小説中、日本政府が南沙諸島問題等に対応するため、自衛隊の秘密基地をナビダートに置くべく画策する。また、複数の登場人物(日本人)が、米国覇権の終了後に日本が再び覇権国として羽ばたくことを語っている。が、この小説が出版された平成5年から10年以上が経った今、日本の外交は作者が懸念したよりもずっと及び腰だったことが判明しており(笑)、今の時代に読むとちょっと設定に無理が出てきてしまっている。

-3. この小説を発表した頃、作者は南の島の精霊、大きな力などが作り出すマジック・リアリズムを試みた作品を他にも書いており、この作品でもそのようなマジックが肯定的・絶対的なパワーとして取り上げられる。一方、この小説ではナビダートと日本が同じ島国として、特に政治システムが重ねて語られており天皇制にも言及されている。(鳥居が倒れたり、ケンペー隊が登場したりする。)でも、上記のようなマジックを持った「精神的中心」に支配されるナビダードの共同体システムは、突き詰めれば竜造寺のような男にとっての天皇制にも通底するものがあるだろう。マジックで日本のナショナリズムを批判する、というのは単に作者の南方贔屓である。

 なお、この小説の中で登場する遺骨収集団のエピソードを読む限り、戦争の記憶に関しては批判一辺倒ではなく作者なりのバランスを取ろうと試みたようだ。が、単行本で入っていた日本国旗が燃える挿絵が、この文庫版では抜けている。何だか出版環境も窮屈になってきてるみたいだ。


濃厚な南国小説       おすすめ度
作中で巫女が出てきますが、そのとき、以前NHKの番組で見た沖縄のユタを思い出しました。南の国は、神様と人とが近くに住んでいるのかもしれません。とにかく、文章のあらゆる箇所から南国特有の雰囲気が感じられ、バスの寓話的なエピソードも「ココならアリかな」と思わせてしまいます。とても面白かったです。


日本産・外国文学       おすすめ度
世界は、自分の人生は、心は、どこまで自分の思うとおりになるか?
本当は、すでに語られている物語のひとつに過ぎないのではないだろうか。

遅かれ早かれ、誰もが一度は考えるであろう世界のしかけについて、あるひとつの見方を提示した物語。

マシアス・ギリは南洋に浮かぶ架空の島国、ナビダート共和国の大統領。
彼の治める国は、のんびりと平和である。

しかし、題名は彼の失脚を読者にすでに伝えている。
なぜ彼は失脚するのか?
無意識に理由を探して、ページを進めていく。
まるで推理小説のように、次の予感を待ちながらあっという間に読んだ。

大きな機会仕掛けのような物語であると思う。
最初はあまりにものんびりと、ゆっくりと動ていて、なかなかもどかしい。
それからある一点を抜けると、ごとりと一気に動き出して加速する。
世界は大きなひとつのしかけで、それぞれの人に役割を当てて、人の愛も心も悲しみもすべてひっくるめて飲み込んでいく。

ラテンアメリカ文学の「語り」を取り入れて、日本・太平洋の味つけをしているという、ちょっと変わった本。
(食べ物でいうと、タコライスみたいなものだろうか)
設定といい、あのボリュームといい、どこか日本離れしている。
外国文学通である、作者だからできたものだろう。
それでも、本場と違って、どこか穏やかなのは、舞台が南洋だからか、それとも作者が日本人だからだろうか。
とりあえず、この雰囲気は、日本文学というよりは、むしろ外国文学といった方が近い。

ガルシア・マルケスなどと、似ているけれどどこか違う、やわらかい「世界はひとつのしかけ」の物語。


読後感のある作品です。       おすすめ度
もう何回も読み返しました。

南アジアの国に滞在する機会があったときに、ザックに放り込んで行って、
時間があるときに開いては、開いたところから読んでいました。
もっと以前に「夏の朝の成層圏」もそんな読み方をしたことがあります。

長いことは長いけれども、パートごとに印象深い科白や表現があって、
最後まで飽きさせませんでした。

個人的にはユーカ・ユーマイの祭りの所と、
リー・ボーの一連のストーリーが好きですね。

人類学的な知識と考察が網羅されており、現代文明へのささやかな抵抗という意味では、
池澤夏樹氏のその頃の集大成という気がします。


小説の形を借りた現代文明批評として秀逸だと思うのです。       おすすめ度
小説としてはもちろん面白いです。ミクロネシアやポリネシアに造詣が深く、歴史や科学や生物学などあらゆる知識が豊富な池澤さんらしく、ところどころに面白いネタもしこまれています。 分厚い本ながら、一気に読ませてくれます。

が、やはり、池澤さんの紀行物に色濃く表れている「文明批評」として読む方が、僕にはしっくり来ました。
先進国・大国の人間が生み出したグローバリズムという圧力。市場主義経済が持つ暴力的な側面。そうしたものが、世の中を狂わせてしまう。後からそこに組み込まれた国を搾取する。
そうした事実をフィクションを通じて、でもリアルに見せてくれます。
最後は若干希望的ではありますが、人間を超えた存在が発する力によって、すべてが浄化されていくことを予感させます。
本当にそうであって欲しいなあ。。。。。。。

池澤さんの本を読んだ後に、何となく感じる気分があります。
例えば「人をはね飛ばすことを何とも思わない危険なバス」に載せられた、たくさんの乗客の中の一人のような気分。
人をはね飛ばすのは嫌です。間違っています。やめたいです。
でも、運転手は僕ではないのです。
そして、僕の座席は運転手から遠く離れすぎて、取り押さえるどころか、声も届かないのです。

この「マシアス...」も、そんな気分にさせられました。