作者 福田 和也
価格 1,680 円
出版社名 新潮社
出版年月 1993/02
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    第6回 三島由紀夫賞   受賞

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■読者の評価     おすすめ度平均

作品としての批評       おすすめ度
批評もまた作品であると公言してはばからない著者の初期の評論である。
タイトル通り、著者は日本の家郷とは何かについて提示しようと試みている。
彼が提示した日本の家郷に読者が共感するかはさておき、この本は「作品としての批評」として素晴らしい。つまり内容いかんにかかわらず、読み物として、味わい深い名文の連なりとして、批評もまた作品であるという自身の言葉を履行している。


生きている日本の古代は未来に繋がっている       おすすめ度
 私はついこの本を売ってしまったのですが、今それを後悔しています。とにかく国土としての日本という感じだっただろうとは思います。内容も少なからず忘れてしまったのですが、たしか、ヤシロシロチドリという古事記に出てくる神の鳥がどこまでも飛翔し続け、その追跡を「打ち切っている」と紹介されていて、それがまるで現代のハリウッド映画でヘリコプターが去っていくような感があって手に汗にぎりました。
 また彷徨った神が「倭の国はナントかのまほろば」と、たどり着いた国土でつぶやくのが、息づいている子のような神話で素敵でした。うまく言えませんが何というか、うーん、死んだと思ったところでもう一度生まれ直している、という感じでしょうか。

 あとは、もうよく思い出せないのですが、現代の日本人が「この山の深さ測るべからず」とされた山々にトンネルや高速道路を造り、禁忌を超えるどころか、「グラスファイヴァ―の鳥居」までも造り出すということが書かれていて、そのことは私が思うに、「あぁ、古代の日本は日本人としての自覚のない、彷徨者としての日本人であるとしても、生き続け、この国土と共に思惟は増殖し、生成し続けるんだなぁ」と思いました。
 何でこの本を売ってしまったのだろう、と悔やまれる一冊です。もっといろんなことを思い出したいのに覚えてない(笑)。