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国際紛争の主な火種は国家×宗教×民族の数だけある。例えば中東のような複雑な場所では人間の数だけ紛争の火種があるといっても過言ではないだろう。
この作品はフィクションであり、全く現実ではないと思うが、中東の平和は単純な善悪論では解決しないことが改めて良くわかった。住んでいる人たちだけではなく欧米や旧ソ連諸国の思惑まで絡んでくるのだから、一体どうすれば良いのだ?
ただ主人公達は、命をかけた目的を持っている。生きている間に哀しみは絶えず、非業の最期に倒れても、精一杯生きた事だけは誇りに思っているだろう。
近年のノワールとよばれる作品の主人公達は自分の中のどす黒い欲望だけに忠実だ。物質面では豊かでも、むしろそれゆえに凄惨な生き様だ。人間が存在する限り、血を流すのは避けられないことなのか。
もちろんこの小説はエンタテインメントだ。今まで書いてきたようなことを一切抜きにして熱い想いのぶつかり合いに心動かされるのも悪くない。真性正統派冒険小説である。ちょっと厚いけど。
有している。一度物語を読み出すと、止まらなくなってしまうのだ。場面展開は早く、ドラマはリアリティを持って読者の視線の先を駆け抜け
ていく。
しかし、残念ながら、先が読みやすい展開だった。ストーリーとして、おもしろい内容ではあったが、結末を十分予想できる展開であるため、
読み深めるおもしろみは欠けていたと思う。
その中で、僕が最も衝撃を受けた作品が、「砂のクロニクル」である。この作品は、パーレヴィ政権が崩壊した後のイランを舞台に暗躍する二人の日本人を主人公に添え、イラン秘密警察内部の抗争やクルド人による独立運動などが躍動感溢れる筆致で描かれている。船戸氏の作品に共通して存在する、綿密な取材に裏打ちされたリアリティーは、遠い僻地で行われている紛争を現実的かつ衝撃的に僕の目の前に突きつけてくる。その衝撃が、特にこの「砂のクロニクル」においては強烈だった。丁寧な人物・情景描写によって、作品に臨場感が生み出され、僕は読み進めて行く内にまるで自分がイランという行ったこともない国に立っているような錯覚を覚えた。魅力的な登場人物達のキャラクターによって、自ずと感情移入させられてしまう。引き付けられていると言うより、気付いたら感情が高ぶっている感覚だ。しかし、登場人物それぞれが胸に秘めた強い思いを最後に爆発させ、激しい戦闘の後、静かで儚い結末が訪れた時、僕は独りだけ取り残されてしまったような空虚感、そしてそれに相反する満足感が胸に押し寄せるのを感じた。フィクションとは解っていながら、過酷な状況の中で力強く存在する登場人物達の精神的な強靭さに、僕は脱帽せざるを得なかった。僕とは次元の違う世界で生きている人間達がいる。一人の人間として、彼らがどれだけ僕より強いか、親父に強く頭を殴られて思い知らされた気分だ。
現在、中東は世界中の関心を集めている。しかし、僕達は、テレビを始めとするメディアの映像によって、その問題を表面的に理解しているに過ぎない。勿論、テレビで放送される映像は殆どの場合事実であり、小説というフィクションとは違う次元に存在する。しかし僕は、あえて主張したい。「砂のクロニクル」は一読に値する。この作品から得るものは非常に大きいはずだ。独り善がりかもしれないが、作品の登場人物達に感情移入し、内部から中東という地域を眺めた時、映像から得る以上の衝撃が心を打つはずである。

