悪人
作者 吉田 修一
価格 1,890 円
出版社名 朝日新聞社
出版年月 2007/04/06
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    第61回 毎日出版文化賞  受賞
    第34回 大佛次郎賞  受賞
    本屋大賞 2008年   受賞
なぜ、もっと早くに出会わなかったのだろう――携帯サイトで知り合った女性を殺害した一人の男。再び彼は別の女性と共に逃避行に及ぶ。二人は互いの姿に何を見たのか? 残された家族や友人たちの思い、そして、揺れ動く二人の純愛劇。一つの事件の背景にある、様々な関係者たちの感情を静謐な筆致で描いた渾身の傑作長編。

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■読者の評価     おすすめ度平均

結局誰が悪人か       おすすめ度
切ないですねー。事件の真相が明らかになるに連れて
主人公は悪人とは程遠い人物に思えてなりません。
例のあの人が真の悪人に他ならないのに・・・。

終始博多弁で話す主人公は
お年寄り思いで朴訥としていて
とても憎むべき悪人ではないので
結末はとってもやりきれないです。

小説とはいえ最後は心が痛くなりました。
かなり厚い本ですがなんなく読めました。


そもそも、悪人とはなんぞや       おすすめ度
本の厚さは読むうちに忘れた。
見知った地名、見知った景色。そして、人々の姿は等身大。
女が男に殺された。よくある事件のひとつとして小さく報道されて終わりになるかもしれない。
男女それぞれの家庭や職場の生活、周囲の人々を描くことで、小さな事件の当事者にとっての大きさを思い知らされる。

これが新聞に掲載されていたのか。読み終えて、その意義を考えさせられた。
法で裁く悪は、法で規定されているものに過ぎない。その意味では悪人とは犯罪者であるが、心情を踏まえた上で語られる悪を規定するのは倫理である。
裁判官制度が導入された今、もしもこの事件を裁く側に回るとしたら。自分の基準を問われている気がした。


誰が悪人で誰が悪人じゃないか       おすすめ度
久々に真ん中ストレートに刺さった本。
まだまだ進化する作家さんだと期待してるけど、現時点では
最高傑作だと思う。
被害者の父と、加害者の祖母(母代わり)、立場は真逆なのに
2人の辛さや悲しみがリンクしていました。
描写が秀逸で、登場人物や舞台となった地方都市が自分の中で
リアルに浮かび上がってくる。
追い詰められ、切羽詰った2人の逃避行はせつな過ぎて痛い。
わたしにとって特別な映画「モンスター」と通じるものがあります。
両作品とも、誰が「モンスター」で「悪人」なのか分からない、
もしかしたら誰もが「モンスター」であり「悪人」なのかも知れない・・・
と思わせるタイトルも含めて。 心をえぐられる本です。


よくできている。よくできているからこそ・・・・ あと一歩の足りなさが気になる       おすすめ度
確かに大変よくできた作品である。ぐいぐい引き込まれ一気に読めてしまった。寝食忘れて読み進めた小説は久しぶり。
構成力・表現力・人物像の作り方・その他もろもろのテクニック・・・素晴らしい出来だと思う。
でも何かひとつ、あとひとつ、決定的なものが足りない気がするのは何故だろう。

外側の表現力的なことではない。
読み終わった瞬間、自分の中に残ったものが・・・・・・なかった。
バンバン読み進めているときのあの期待していたものが・・・なかった。
確かによくできた小説だった。テクニック的には素晴らしかったし、終わり方も悪くはない、と思う。悪くはない。

でもその終わり方は・・・その残し方は・・・既にどこかの誰かが使ってきたものだし、私達の心の中で、既に経験済みのものだった。
この路線が好きな人が、「くーーーーーっこれだよね、これ。このツボなんすよ」という気持ちを強化したいならよい。

ただ、今の私達はもう、この感覚に飽きているのではないか?
この手の悲しさにも、この手の矛盾にも、この手の人間「らしさ」にも、飽きているのではないか? 
この手の「ゆだねられかた」にも。

この題名、この題材、そして人間の業みたいなものを今の時代に表現したかったのならばもう一歩、オリジナルな「哲学」が必要だったはずだ。
ゆだねるのもよい、ただ、ゆだねられた哲学に、もう一歩新しさがほしい。
一定レベル以上のテクニックを持った作家だからこそ書ける、何か・・・新しい「救い」の形が、ほしい。
(ああ「救い」なんて陳腐な言葉をつかってしまうような私に言われたくないとは思うが・・・)

よくできた小説だからこそ内実のひと味の足りなさが際立ちすぎて残念さが残った。


悪人は感じぬ“人の匂い”       おすすめ度
「雪の中、増尾の足にしがみついとったお父さんの姿を見て、うまく言葉にはできんとですけど、生まれて初めて人の匂いがしたっていうか、それまで人の匂いなんて気にしたこともなかったけど、あのとき、なぜかはっきりと佳乃さんのお父さんの匂いがして」(P388)
主要人物の一人である増尾の友人・鶴田がそう述懐する場面がある。
鶴田は将来映画監督を目指すほどの映画好きで、「人間が泣いたり、悲しんだり、怒ったり、憎んだりする姿は、腐るほど」見てきた。
だが、現代の若者らしく、生々しくリアルな関係性の中に身を置いた経験は皆無と見える。
そんな彼が、佳乃の父の姿を見て「生まれて初めて人の匂いがした」。
この発見は鶴田にとって、そして小説にとっても重要だと思った。
人の匂いがするかどうか、人の匂いを嗅ぎ取れるかどうかが、“悪人”かどうかを測るひとつの指標とはいえないか。
それは重大な事件を起こしたかどうかという物理的な問題よりもはるかに重要で本質的な問題のように思われる。
増尾は無論、悪人だろう。
祐一はどうか。
僕はぎりぎり踏み止まっていると考えるが、果たしてどうか。
ここが小説の勘所ではないか。
うん、面白かった。