夜啼きの森 (角川ホラー文庫)
作者 岩井 志麻子
価格 540 円
出版社名 角川書店
出版年月 2004/05
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■読者の評価     おすすめ度平均

岡山の貧を描く岩井       おすすめ度
岩井は岡山の「貧」を「これでもか」というくらい描く。「ぼっけえきょうてえ」や「岡山女」もそうだが、岩井の年代でなぜこんなに「おばあさんの時代の岡山の貧」を知っているのか不思議だ。
というのも私は岡山出身の両親を持つが、「岡山の貧」など全く感じたことがなかったからだ。私の知っている「岡山」とは、気候がよくて、食うに困らなくて、人はみなバカなぐらいゆるい、時間の流れがおそーいところ。
ところが、岩井の描くおばあさんの時代の岡山は、全然違った。
貧乏なのだ。
それも、「おしん」とか「赤貧当たり前で娘を売っていた東北のイメージ」に負けずとも劣らない貧しさだ。
例えば、私の母方の祖母は、明治生まれだったが、女子師範を出て一時教職に就いていた。その祖母の若い頃というのが、ちょうどこの物語の時代であろう。祖母がこの物語に登場するなら、「とうてい手の届かない憧れの師範出身」ということになるではないか。女性の名前とて、ひいばあさんまで遡らないとカタカナやひらがなの名前が出てこない。なんだなんだ、この私の知る岡山との違いは。
どうもこれは地域性ということが大きいようなのだ。だいたい、父母の育った中南部では雪が降らない。気候が温暖で、作物もよくとれる。大和朝廷の時代から、「吉備」地方は、その余力を子弟の教育に振り向けてきたため、多くの役人を朝廷に送り込んでいた。と、司馬遼太郎も言っている。よって、岡山は教育県と言われ、私の近親者とて、大した家でなくともなぜだかみな高学歴。子供が5人いれば、男も女もみな大学へやる。…という私の認識は、岩井との出会いによって打ち砕かれ、「海側のやつらばかり得をしやがって」という山側の農民の怨嗟の声に度肝を抜かれたのだった。そんなことだったとは。思わず謝りたくなってしまうのだった。ごめんなさい。山側じゃないやつの子孫で。得したやつの末裔で。…というほどすさまじい「岡山の貧」を描いた傑作。


独特の倫理観       おすすめ度
著者の作品は、独特の雰囲気が特徴だ。
それは、岡山地方の話し言葉の多用、光明の少ない時代背景などによるが、
何より、描かれている世界の、独特な倫理観にも特徴付けられる。

一つの下りと簡単に要約すると、
「仁平は兄嫁の寝姿を覗き見する。このまま死ぬのではないかという恐れと期待とともに」
とあるが、死ぬ事を期待しながら覗き見するとは、いやはや。

こんな具合に、著者の世界では、壊滅的悲劇ですら「標準」なのだ。
また、時代背景も関係しているが、性道徳が動物的ですらある。
これらの事が、独特の雰囲気を強めていると言える。

この様な流れの中では、この想像を絶する凄惨な凶行も、
必然的に発生したのではないかという気にもなる。

必然が辰男を扇動したものと感じる。
背景にあるのは、独特かつ異様な倫理観である。


独特の世界       おすすめ度
かの有名な松本清張の「闇に駆ける猟銃」、そして筑波昭の「津山三十人殺し」に詳しい大事件をもとに、彼女独特の世界を繰り広げた作品。貧困と無知とそして閉鎖的な村の、インモラルでなおかつ「伝統的な」淫靡な日々。そこから生まれた「鬼の子」のたどらざるを得なかった道のりを、ネチネチとした岩井ならではの岡山弁でつづっている。
読むにつれ、不幸せな人々の、汚れた、それでいて必死な毎日が、読んでいるこちらにも重く澱のように積もってくる感じだ。最後の破綻は、この小説内ではそれほど詳細にふれていない。しかし、全て「清算」が済んで気持ちがよいような気にさえなった。
それにしても、作者の、この暗くて重くてネチネチした感じは貴重だとあらためて感じました。


答え合わせのおもしろさあり       おすすめ度
本作は長く世界記録であった短時間同一犯人による大量殺人事件を題材にした伝奇ホラー「小説」である。プラスの材料としては、惨劇の舞台となった農村が著者の得意分野である岡山弁が使える場所であったこと、著者の敬愛する松本清張もまたモデルとなった事件を、こちらはドキュメンタリーとして扱っていること、マイナスの材料はモデルの事件の形を尊重したため、いつものホラー小説世界とやはり多少の味わいの違いがあることだ。
しかし、事実を極力いじらず、記録に残らぬ部分に目に見えぬ恐怖をたっぷりと塗り込めて奇怪な全体像を再生してみせたやり方は「実話に材を取る小説」という形式である以上、バランス的に正解だ。
ただの悲しく怖い小説として読んでもちろんかまわないのだろうが、前述の松本清張の「闇に駆ける猟銃」、また物語の導入に本事件を埋め込んだ横溝正史の「八つ墓村」、事件そのものの詳細な記録として筑波昭の「津山三十人殺し」などへ伝奇から事実へと辿って読むのもおもしろいだろう。本書と実際の事件、その差異の中に著者の才能を再確認することができるだろう。


新しい書き方の小説だ       おすすめ度
 この作品では、「三十三人殺傷事件」の犯人である辰男の姿が、辰男の周囲の人物の目から間接的に描かれている。そのせいで、辰男自身のことを読者が正確に理解することはないが、そもそも、人間関係というのはそういうものである。主体となる人物を読者が客観的に評価できるという点で、新しい小説だと思う。
 ちなみに、私は辰男に少しばかり惚れてしまった。女たちの視点から見た厳しい評価の後でも、辰男のか弱く、狂気的で、艶めかしい姿には誘惑される。これを美と呼ぶかどうかは人それぞれだろうが、美少年・美青年が好きな方はぜひ一読して欲しい。