裁縫師
作者 小池 昌代
価格 1,470 円
出版社名 角川書店
出版年月 2007/06
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■読者の評価     おすすめ度平均

鏡の扉を開けると       おすすめ度
 五つの短編集。主人公は極平凡な日常を生活者として生きている。
「裁縫師」では、六八歳の掃除婦をしている老女が語る話なのだが、物語は、主人公が鏡の前にたち、鏡をドアのように開けると、そのむこうに記憶のなかの自分が生きている、今も生きて呼吸しているという感じに、次々とストーリーが展開していく。
 どこかですれ違ったり、挨拶くらいは交わしたかもしれないような、どこにでもいそうな主人公なのに、映っている鏡の後ろには、自分だけの特別な物語を持っている。それがたいへん面白かった。
 ストーリーだけでなく、詩人である作者の力量が言葉にはあふれていて、それもじっくり堪能できる。
 おまけに 上質なユーモアがにじみ出ていて、「空港」など笑ってしまった。
 久々に、この作家の作品を全部読んでみたい、という気持ちにさせられた。 


人は記憶が重層的に刻まれた媒体である       おすすめ度
  「裁縫師」の中に、「あのときわたしは遊びのなかに、ほんとうの快楽と自由の意味を見つけたような気がする。(中略)子供時代にその感覚を知った者は、そのことによってその後の人生を生き抜いていける」という文章がある。本作は、六十八の女が九歳の破瓜の想い出を辿る物語だけど、人って、それぞれが固有の記憶を重層的に刻み込むことで成り立っている存在なんだなぁって、つくづく思った。それと、感覚とか快感ってリアルタイムのものだって思われているけれど、記憶として取り出し可能だってことも。
 さらに言えば、記憶って現実そのものじゃなくって、人って媒体を通した時点で想像に変換されてストックされるし、取り出す時点でまた別の想像に変換される。だから、「今まで起きたことのうち、なにが夢でなにが現実なのか、そのふたつを区別することがうまくできない。混沌としているこれこそが、現実というものの感触なのか」という、「左腕」の主人公の感覚はきっと確かであり、記憶にとって大切なのは常に現実ではなく想像なのだ。例えば、「空港」の主人公が七十五万円の値札がついた真珠を空港売店で見かけて、「なぜか、いびつな真珠ばかりがあった。覚えておこうと洋子は思った。買うようなことはきっとないと思うが、ただ、覚えておこうと、強く思った」と、その念じることが大切なのだ。
 そして、もうひとつ記憶にとって大切なことは、他者の存在だろう。それが現実であろうと想像であろうと自らの記憶にとって他者の存在は欠かせない。「自分が生きるためにこそ、「他人のため」という名目が必要なのであった」(「空港」)。
 小池昌代の小説は、他人の記憶でありながら、いつかどこかにストックした自らの記憶のように思えてしまうところがある。それは、その作品が、辻褄の合った単線の物語ではなく、記憶の断片が並列し錯綜し並び替えられたカオスを志向しているからかもしれない。