中原の虹 第三巻
作者 浅田 次郎
価格 1,680 円
出版社名 講談社
出版年月 2007/05/16
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■読者の評価     おすすめ度平均

張作霖、満州を制圧!       おすすめ度
張作霖が満州を制圧するまでのストーリーです。
この巻では、趙爾巽が特に格好いいなあと思いました。

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趙爾巽v.s.王永江
「なるほど。謎がひとつ解けた。あの布告文を起草したのは君だな。」
「対。勝手な真似をいたしました。」
否定もせず、悪びれる様子もない。それ以上の言葉を何も添えようとしないのは、行いに信念があるからなのだろう。信念は人を寡黙にする。

内省不疚
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司馬牛問君子、子曰、君子不憂不懼、曰、不憂不懼、斯可謂之君子已乎、子曰、内省不疚、夫何憂何懼
[口語訳]司馬牛が君子について質問した。先生はお答えした。『君子は心配したり、恐れたりしないものだ。』。司馬牛はさらにお尋ねした。『心配したり恐れたりしない者は、みんな君子といっていいのでしょうか。』。先生は言われた。『自分自身を内省してやましいところがないのであれば、いったい何を心配して何を恐れるというのだろうか。』。
>>> 

張作霖から趙爾巽へ
「こう見えても、俺様はやみくもな人殺しじゃねえよ。おめえは良くやった。孫文や袁世凱のくそったれはほめやしねえだろうが、俺様がほめてやる。おめえはほんに良くやった。奉天から出て行け。」
===


西太后亡き後の世界       おすすめ度
 清朝は、内憂外患・・の言葉どおり、
 海外の列強各国からは蚕食され続け、
 国内は、軍閥のよる分断された地方支配・・。

 東北三省を握るのは、馬賊の頭領、張作霖。 

 中央の政界は、いったん皇族内閣が袁世凱を引退に追い込んだものの
 軍を統制できないため、各地に起こる革命軍の蜂起を抑えることができず、
 再度、袁世凱が復活する。

 中国民衆にとっては不幸な時代でした。

 ところで、
 この巻、感情移入すべき主人公が不在のため、
 小説としては、散漫な印象になってしまっていたのが残念でした。


国家のエリートを選抜する科挙というしくみの功罪       おすすめ度
 清朝を支えていた西太后が第二巻の最後で亡くなりました。物語の上でも、歴史の上でも巨星を失った清朝は、最後の迷走をはじめます。

 歴史の教科書で教わった記憶では、すぐに孫文が革命内閣を創設したような印象があります。しかし、ここまでゆっくりと主人公たちの運命を追ってきた小説が、急にテンポを速めるわけはありません。
 溥儀を支える皇族内閣は、軍のトップである袁世凱を引退させることに成功しました。 しかし、革命軍の蜂起が南方の諸州で成功し、袁将軍のいない軍隊が役にたたない状況を何とかしなければ、王朝の滅亡も目前となってしまいました。
 この八方さがりの状況のなか袁将軍が復帰。予想通り、清王朝の権威と権力を一身に集めようと、ひとつ一つ手を打っていきます。
 かたや『中原の虹』の主人公張作霖は、着実に中国東北地方を手中に収め、中原の覇を得ようとして、いよいよ万里の長城を超えんとしています。

 西太后という語るべきことの多い登場人物を失った第3巻は、第4巻の大団円に向かう助走のように、淡々と清朝の衰亡が描かれていました。物語としては盛り上がりに欠ける中継ぎのような巻でしたが、浅田氏が強調していたのは、国家のエリートを選抜する科挙というしくみの功罪でした。
 中国では、遠く隋の時代から科挙制度が続いており、合格時の成績とその後の役人としての働きぶりによって人間の実力を判定してきました。それは、多くの国が貴族身分の人間(家門と経済力に恵まれた特権階級)によって運営されていることに比べると、公平な制度です。
 しかし、この制度が見落としてしまう人間が多かったのも事実。そんな人材が、この物語のような動乱の時代には、実力を発揮するチャンスに恵まれます。
 袁世凱がその代表です。

 国家とは何か。民の平安とは何か。民を安んずる真のエリートとは何か。浅田氏の問題提起たっぷりの第3巻でした。


大丈夫だろうか・・・・・・       おすすめ度
私は浅田次郎先生の大ファンである。
前作「蒼穹の昴」では久しぶりに泣かされてしまった。
しかし・・・・・・。

今作『中原の虹』はどうも、ぱっとしない。

第1巻は文句なしに面白かった。
清朝末期という激動と混沌の時代、そこに咲いた一輪の徒花・張作霖。
それを聞いただけで、「うおおお、キターーー!!」と、ガラにもなくテンションを上げたものだ。
しかし、第2巻からどうも感情移入できずにいる。徒に長いモノローグに煩わしさすら感じてきた。

理由を考えるに、どうも魅力的なキャラクターが欠けている気がしてならない。
前作の主人公・李春雲は政治的・物語的第一線から退いてしまったし、稀代の女傑・西太后はお隠れになり、天下第一等の才子・梁文秀はメインキャストですらなくなった。
その他、前作を彩った魅力溢れるキャラクターの多くが舞台から降りてしまったり、いまひとつぱっとしない役に降格してしまった。引き続き現役で頑張っているのは袁世凱のジジイだけである。

代わって舞台の中央に駆け上がったキャラクターはというと、主人公・張作霖ただ一人である。
第一巻で李春雲の兄・李春雷が登場したが、存在感は薄い。あくまで脇役であって、この先物語に絡むことがあるんだろうか?という心配すら抱かせる。

第三巻で一番ゲンナリしたのが、歴史的な転換点に西太后の亡霊が介入した、という件である。死人に口を出させるくらいなら、生きてるキャラクターを絡ませろよ!と、本気で失望してしまった。

とは言え、第四巻が発売されれば、私は間違いなく購入するだろう。
期待しているわけではない。
これはもはや義務感と義理、多少の意地である。


あまりに大きかった西太后の存在       おすすめ度
 第二巻からずいぶん待たされたが、待望の第三巻。第二巻で西太后が亡くなり、中国は混乱を極める。馬賊の張作霖は勢力を拡大していくが、紫禁城ではあまりに幼い皇帝のため、全く先が見えない。袁世凱が権力を取り返すが、こいつしかいないのか・・・とため息ばかり。一人の女性の死は、国家そのものの死でもあった。蒼穹の昴から続くこのシリーズで、西太后がいない舞台はなんと寂しいことだろう。物語の中心には、圧倒的な存在感を誇る慈悲深き女帝が常に存在していた。彼女がいない・・。改めてその死の悲しみが襲った。
 しかし相変わらず文章や人物描写は巧みで何度も感動する。馬賊達の義理の切り方、西太后を想う人たちの心理、そして李春雲の優しさと決意。ついにクライマックスへ話は加速していく。張作霖は、李春雲は、そして梁文秀はどうなるのか?あらゆる期待を抱かせつつ、最終巻へと続く。その第四巻は11月発売だそうだ。また半年待たないとだめなのか・・・。