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この本では、私たちに潜在的にある「救われたい」という気持ちと、「宗教体験によって光が見えるのは当然」という立場で書かれています。
オウムを擁護するのでもなく、かといって、批判するのではなく、「人間」に備わっている、「何かを信じたい心」の見本としてオウム真理教を扱っています。
ここまで、人の精神の領域で「オウム真理教」を語った本は初めてでしたので、一読の価値があります。
この本を読んでから、自己を考えますと、サリンを撒いた信徒と、我々とが、どこが違うのかが分からなくなります。
これまでにオウムについての本はかなり出ている。しかしそれらはどれもオウムの問題を外面から客観的に見てみたもので、まるでそれは自分とぜんぜん関係がないかのような観察対象としてのものが多い。そういうものは上品だが、あまり役にはたたない。しかしオウムは日本社会全体の問題、日本人の精神性の根本にかかわる問題であって、真剣に考えようとするならば、自分のうちに痛みを抱えざるを得ないものだ。ほとんどの人が避けているこの問題に、著者は真正面から取り組んでいる。オウムの問題を自分にひきつけて考える中で、タントラの秘密に迫り、仏教がひそかに持つニヒリズムまで指摘している。そういった態度にはとても勇気を感じさせる。まじめに日本人の精神性・宗教性を考えているのはこの人だけではないかとすら思わせる迫力がある。

