オートフィクション
作者 金原 ひとみ
価格 1,365 円
出版社名 集英社
出版年月 2006/07
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■読者の評価     おすすめ度平均

壮絶       おすすめ度
物語は主人公が22歳の現在から始まる
過去に遡るにつれ、まるでジェットコースターに乗ったかのような急展開になっていく。
飽きることなく最後まで読めました
愛されたいけど愛そうとしない主人公の矛盾とした気持ち、告白が胸にしみました


成長している作家       おすすめ度
私は31歳で、金原ひとみの本を読んでます。ストレートな表現が好きです。全部読んだわけではないけど、誰かを思うこと、自身が壊れる壊れること、共感してます。人を好きになると、その人が一番になる。これは、私自身にも当てはまります。アニー・エルノーや山田詠美さんの本が好きな人には、感じてもらえるかなと思います。私は、これからも、金原ひとみの本の楽しみにしています。


読者の仕事       おすすめ度
ふつーの生活をしていて、文学理論のことなどほとんどわからない人から見れば、
この小説で何を言おうとしているのかわからない。現に私もその一人。
読んだ直後は悪い意味で呆然としてた。これほど文章が読みにくくて、表現に放送禁止用語ちりばめた小説で何言いたいのかと。しかし、金原ひとみの他の作品と読み合わせるとこの物語にも意味を与えることはできる。金原の一貫した(?)スタンスは、過度なまでの性的な描写と、主人公の性格が破綻していること。教育的、倫理的な立場を取るならば、限りなく反面教師に近く、その退廃っぷりを嘆かれるところ。
ふつーの読者として、一連の小説を読み解くならば、倫理、常識などの外部システム(=章毎に変わる男がその象徴?)を停止させていきていくこと、ではないだろうか。今作中に描写されている破綻した文章もその一つの表れと読み解くことができる。
倫理も常識も極言すれば、他人から与えられたもの。現代ではこうしたネットワーク状の権力は、生きていくためのパスポートといったものか。
では、そうした他人から与えられたもの、を全て強引に剥ぎ取ると何が残るのか。
それは、欲望にまみれた生身の肉体、つまり本能まるだしの動物である。食欲、性欲、睡眠欲にまみれた動物は奇妙にも高度に文明化した街中に潜んでいるという逆説。自己完結的なシステムを究極的に目指していこうと目指すも他者依存に陥ってしまう矛盾。

読んでいくとあながち読めないものではない。小説に意味を与えるのは読者の仕事なのだから。


表現手法は評価できる       おすすめ度
以前若者が持っていた若さというエネルギーはここでは完全に失われてしまい、リアルな世界で生きていくにはあまりにも脆く弱々しい若者の姿が無防備にさらけ出されます。
しかしその一方で、頭の中に渦巻く言葉とエネルギーは、抑えきれずに堰を切ったように次から次へと外部へ流れ出し、本書の文章を浸食していきます。

頭の中にしか存在しないという意味で非リアルであるはずの彼らの世界は、それらが文章化され小説の一部を成していくことによって、次第にリアルな世界との境界を曖昧にしていきます。
自分自身の内と外との区別が曖昧になり、自己と他者・リアルと非リアルの境界が見えなくなっていく、この不安定で拠り所の見つからない世界はまさに現代の若者の心象風景そのものであるような気がします。

強い自己愛を持つ一方で他者への強い依存を示し、ヴァーチャルな共感能力が高い一方でリアルさに対しては鈍感である、そんな自己矛盾を抱えた若者たちの日常を、物語の内容ではなく文章の表現技法によって描き出している点が非常に興味深いです。

そもそも「オートフィクション」という言葉自体、フィクションの手法で自伝というノンフィクションを書く、という自己矛盾を含んだ小説形態を指しているんですね。
そういう意味では、小説全体がはっきりとした意図のもとに描かれており、不安定な文体の割には一本筋の通った落ち着いた物語であると言えるでしょう。


世界は生首で出来ているー死ね       おすすめ度
金原ひとみの作品は、数年前に『蛇にピアス』から注目しているが、なんだこりゃ? これが芥川賞受賞を果たした人間の書く文章か? という感が正直否めない。もともと金原ひとみはアッシュベイビーとかオートフィクションみたいな文章を書く作家だったんだろうと思う。それでも悪くはない。ただ、文学作品として、なんだこの破壊力は。この投げやりな感情は。これを文学として発表する気になれるところが才能だともし仮にいえるとしたら、それが彼女の才能なのだろう。しかし、世の中にはもっとましな文章を書く人間などいくらでもいるのに、これはひどすぎるんじゃないのか?? 最後の15歳のところの文章の、統合失調症的心理描写など、あまりにもわけわかんなさすぎて読んでいて苦痛になった。これがプロの文章なの?