黒い雨 (新潮文庫)
作者 井伏 鱒二
価格 620 円
出版社名 新潮社
出版年月 1970/06
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■読者の評価     おすすめ度平均

後世に残さなければならない作品       おすすめ度
国の歌に国歌、国の鳥に国鳥、国のスポーツに国技などがあるのと同様に、もし国の本、国書というものを選定するのなら、僕は迷わずに『黒い雨』を推したい。
 戦争、原爆投下という未曽有の事態を、怨みつらみを述べるだの文章ではなく、文学作品として成立させている。戦争に関しては、様々な意見がある。戦争を推し進めた政府が悪い。いや、戦争を起こすように追い込んだアメリカが悪い。対立する意見が出ることもしばしばだ。しかし、戦争があり、原子爆弾が落とされたということは、紛れもない事実である。『黒い雨』はその事実を、小説というフィルターを通して世に放っている。そこから何を感ずるかは、人それぞれでいい。ただ、原子爆弾というものが一体何をもたらしたのか。その事実さえ認識できれば。そして、その事実を風化させないためにも、『黒い雨』が広く読まれることを切に願う。


これはかなりイイ!       おすすめ度
 著名な文学作品でも意外と評価が星五つで維持されている作品は少ない。だから、名前だけは知っていたけれども、この作品のページを見たときにはちょっと驚いた。このレビューは12件目になるわけだが、11件の状態で星五つなのだから、これは相当高い方だ。それで食指を動かされて早速読んでみたのだが、他のレビューアーの方の高評価の原因が分かった。高名な文学者に対する媚びへつらいでも何でもなく、この作品はホントに素晴らしいものだ。
 黒い雨というタイトル。ちょっと詳しい人なら原爆の本だと分かるかも知れない。原爆症を背負った主人公の原爆当時への回顧がこの本のベース。原爆症だと疑いをかけられているために縁談がいつもうまくまとまらない養女扱いの矢須子のために自分の原爆日記と矢須子の日記を比較させようとするため、また、図書館司書との約束で日記を清書するため、などの動機付けがあって主人公の八月五日から終戦までの日記を辿っていく。抑揚のない重みのある文体である。爆心地から二キロの地点で被爆した主人公の第一人称で、原爆の悲惨な有様が殆ど主観を交えずに語られていく。当事者の語るそれは悲惨である。また、同時に原爆直後を生きた困窮しきった人達の生活も見えてくる。作品の終盤で黒い雨に打たれ、病魔にむしばまれていく矢須子の病状からも戦争の無惨さを思い知らされた。評価を続ければきりがないが、特あげておきたいのが、特定のイデオロギーにこの本が縛られていないこと。原爆関係の本は本当に嫌というくらい左翼っぽかったりするが、この本は本当にごく自然な形で原爆直後の様子が描かれている。そこから著者の無言のいたわりと、戦争への想いが語られているわけだが、誇張して暴論を振り回すのではなく、本当に日常的な観点から描かれているという点でこの本は本当に評価されるべきものだと思った。
 日本人が心にとめておきたい一冊。そう評価していいと思う。


平和への祈り       おすすめ度
本作とは直接関係ないのだが、今夜、長崎の伊藤市長が狙撃された。平和への取り組みを続けている人に何故このような悲劇が起こるのだろう。

本作は広島原爆被爆者の日記を基に、被爆者家族の翳ある暮らしぶりを敢えて淡々と綴ったもの。作者得意のユーモア味は完全に捨て、登場人物に感情移入する姿勢を排して、逆に被爆者の悲劇を際立たせている。聞く所によると、本作発表時、「被爆者の会」から抗議が来たそうである。「このような物を書かれては、被爆者の家族の女性は嫁に行く所がなくなる」と。それだけ、作品に迫真性と悲劇性があったと言える。

被爆の影響は今も残っている。我々はこうした悲劇が二度と起こらぬよう努力する必要があるだろう。本作はそうした訴えを敢えて抑えた筆致で描いた戦後の名作。


被害者は普通の人。       おすすめ度
市井の人々が主人公で、地に根付いた人達が体感したそのままを味わうことが出来ました。
久しぶりに、正に「小説」というものを体験しました。文体がとても良かったです。竹を割ったようにまっすぐと突っ立っている文節が、しっかと歩いているような足取りを感じます。最近の小説は読者へ主人公がだらっと甘えてくるような文体が多いですが、井伏鱒二の文章はどすんと立っている姿がとても好ましい。また、些細な表現、例えば、鯉とどじょうの稚児の描写、よぼよぼの和尚さんが読経を教えるときしゃんとなるところや、母親が主人公の好きな木の実をお供えしてくれと親類に頼むところ、…筋と関係ないところなのに、印象に残ってしまいます。物語という起承転結を基礎とする形態からはみ出すそんな人間らしさが、この作品を豊かにしているように感じます。
今、私たちはあそこに落とされたものが原子爆弾であり、放射能を出す爆弾で、しばらくしてから被爆症状が出てきて死ぬこともある、アメリカがどう思ってあれを落としたかも知っているし、その後敗戦になり、戦後復興し、広島も人が又住めるようになったことも知っている。
でも、この物語の中では誰もどんな兵器かわからない、何が起きたかもわからない、しばらくしてから死んでいく人がどんどん出てくる、突然終戦になる…その「手に触れているかのような現実感覚」が伝わってきます。その不安感の中で投げやりにならず精一杯生きている姿を見ます。それがたまらなく切ない。
そして、姪の運命をきっと私は忘れられないでしょう。


アメリカの戦争犯罪       おすすめ度
心に重くのしかかる小説だった。

原爆をテーマにした作品のほとんどは、安っぽい反戦プロパガンダに過ぎないものが多いが、さすが井伏鱒二だと思った。
井伏は、イデオロギー、善悪の判断を作中に一切交えていないのだ。主観を一切排除している。
ただ淡々と原爆投下の広島の情景と、被爆者の様子を描いているだけ。
それが逆に怖い。判断は読者の主体性に委ねている。

日本人ははっきりと認識しておかねばならない事がある。
原爆投下は、アメリカによる国際法無視の大戦争犯罪である。
ナチスのホロコーストに匹敵する民間人大量虐殺。
アメリカによる日本人をモルモットにした人体実験である。
これをはっきりと認識しておく必要があるし、決して忘れてはならない。
ソ連に対する威嚇、原爆の効果測定、そのためだけに日本人40万人が殺されたのだ。
戦局にはいっさい関係ない。
昭和20年8月の時点で、日本はボロボロだった。
原爆など落とすまでもなく自滅寸前で、敗戦は誰の目にも明白だった。
アメリカのやった事は、いわば病気で死にかけている人間に対して、さらにナイフで切りつけるようなものだ。
私はそれが許せない。

日本にも非道な行いはあっただろう。
しかし、日本は東京裁判において一応裁かれているのだ。大量の処刑者も出している。
だが、アメリカの罪が裁かれる事はいっさいない。
理由はただ一つ。
アメリカは戦勝国だから。
「勝てば何をしても許されるのか?」という嫌悪感を払拭できない。
今もアメリカはイラクで同じ事をしているのではないか?
私はアメリカが広島・長崎に対して行った戦争犯罪を絶対に許さないし、絶対に忘れない。
私は今も昔もアメリカが大嫌いだ。
アメリカに媚を売る連中も大嫌いだ。

61年前、アメリカは日本に対して何をしたのか?
その事を後世に残すためにも、読み続けられるべき名作。