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■読者の評価
おすすめ度平均
等身大の感覚・思考・感受性 おすすめ度
交差点にたどり着いたとたんに横断歩道の信号が赤に変わった時、なんとついていないことだと腹立たしく思うか、やれやれここで一休みと余裕をもって周囲の景色に目をやるか。たとえばこのような取り立てて言うほどのこともない日々の出来事への態度の違いが、俗に「生活の豊かさ」などと言われている境地を心底から味わえるかどうかの境目になる。ただしそこには体力の衰えというものが大きく影響しているに違いなくて、老いをまさに身をもって体験している者にしか判らない心の淡泊さというものもあるのだろうが、それもまた人様々である。要はそういった「等身大」の感覚や思考や感受性を、気が遠くなるほどに長くしかしあっけなくも短いはずの人生の積み重ねのなかでどこまで鍛錬し研ぎ澄ますことが???きるかにかかっている。──「夫婦の晩年を書きたい」。齢七十を越えた庄野潤三氏の「湧き出る泉」のような気持ちは、年に一冊という、はやりの言葉を使えば「スロー・ライフ」そのもののペースで営まれ語られていく生のかたち(大切な事は何度でも飽きることなく反芻する)となって結実している。その文学的達成は、もしかすると前代未聞のことなのではないか。本作は『貝がらと海の音』『ピアノの音』『せきれい』に続く第四作目。
晩年の暮しのひとつの理想像 おすすめ度
温かい家庭生活を描いた小説に力を発揮してきた作者の、それらの小説の続編的作品である。しかし、これは小説というより随筆の形になっている。子供たちが結婚し、もう長く二人きりで暮らすようになっている夫婦の生活を自伝的に記述している。子供たち、孫たち、知人たち、近所の人たちとの心温まる交流と、夫婦の静かでのどかな暮しは、随所に記されている主人公(作者自身)の感謝の言葉が象徴しているように、いかにも満足なものである。文学作品に鋭い洞察や問題提起を求める向きには、武者小路実篤的なおめでたさと写って、飽き足りないかも知れない。だが、何かと暗いことの多い今の時代に、このような平和な読み物に触れ、自分の晩年のあり方――それは若い間の生き方と無関係ではありえない――について考えてみるのも、よいことであろう。作中、説明が重複的なところがあるが、これも晩年の主人公の叙述らしい雰囲気を出しているものと見ることができよう。

