花神 (下巻) (新潮文庫)
作者 司馬 遼太郎
価格 780 円
出版社名 新潮社
出版年月 1976/08
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■読者の評価     おすすめ度平均

村田蔵六と木戸孝允の運命の出会い       おすすめ度
 どなたも触れていないので、あえて。司馬遼太郎の木戸孝允への評価はかなり低いが、それでも彼を認めざるを得ないのは、村田蔵六、大村益次郎があれだけの働きをすることができたのは、ひとえに桂小五郎、木戸孝允に見出されたからであるという事実があるからだ。蔵六側から桂への働きかけがあったとする記述は胡散臭いが(たまに大嘘書くからね、司馬さん。小説だからいいんだけどさ)、とにかく見出したのは桂なのだ。本人が司馬氏の書くように「桂のためなら死んでもいい」と思ったかどうかは別として。
 さて、「大村益次郎」は、現在、靖国神社の境内で馬鹿でかい銅像になっている。山縣ではなく彼が淡々と日本の軍隊をつくっていったら、歴史は変わっただろうか。


幕末の奥深さを知った作品       おすすめ度
 本作品を読むまでは大村益次郎と言う人物を知りませんでした。そして、本作品を読むまでは、「幕末は竜馬、西郷、大久保、新撰組を抑えておけば大丈夫だ」とも思っていましたが、本作品を読んでからはその考えは一新されました。本作品を読んで、幕末には、大村益次郎をはじめまだまだ魅力のある人物、逸話がたくさんあることが分かりました。そして、本作品を読んで更に幕末に興味を持つことが出来ました。

 もし、幕末が「教科書に出てくる人物さえ知っていればいいや」を思っている人は、それは大きな勘違いなので、そのような人は是非読んで欲しいです。そして、一度読んでいただいたら幕末の奥深さを知ってもらうのと同時に、きっと幕末が好きになってもらえると思います。もし、「大村益次郎という人物に興味がもてない」と言う人は、無理に本作品から入る必要はないので「竜馬がゆく」などから入ってみることをお勧めします。また、「あまり本を読むのは得意ではない」と言う人は、大河ドラマのDVDもあるので、そちらから入ってみることをお勧めします。


革命とは       おすすめ度
 思想家が精神的支柱を作り、策略家が押し進め、技術者が仕上げる。

大革命とはそういう物だと作者は言う。
その革命の仕上げ人、技術者大村益次郎が本作の主人公である。

 その観点でみた維新史。面白い。

物語はイネ・シーボルトと大村の事から端を発し、またそこに帰着するが、
話は、あちらへ飛び、こちらを散策し。
蔵六こと大村が半分は出てこないのではないだろうか?
時に講談調、時に小説調、そして随筆調と語り口を変えながら、
読者をいろいろに楽しませるのは流石の風格。

 時代が見いだした異形の(医業の、偉業の)天才。
     大村益次郎・享年45歳。
知らない読者でも知名度以上の大きさを感じられるのではないだろうか。


司馬さんの視線       おすすめ度
私には歴史の知識がほとんどありません。マンガ「風雲児たち」を読まなかったら全く無いままだったでしょう。そのマンガにも出てきて、気になる存在「村田蔵六」幕末の人物の伝記「小説」です。

司馬さんの、恐らく想像を絶する、物凄い量の資料から立ち上る「村田 蔵六」なる人物の一生を、司馬さんの視線で描かれています。情報量がとても多くて、本当は脚注が欲しいくらいです。幕末の歴史好きな方々にとっては、とても当たり前の事実なのかもしれません。私には物凄く情報量が多くて、出てくる歴史上の、幕末の有名人の一人一人(名前は知っていても出身の藩を知らなかったり、何をして、いつ亡くなられたか?までは知らない人物たち)に対しても司馬さんの視線と資料による事実が細やかに説明されています、がなお脚注が欲しくなるくらいでした。

村田 蔵六というとても実直でおよそ日本人らしくない、とても合理的な考えを持つ人物がいかにして『攘夷』(辞書によると『外敵を追い払って国内に入れないこと』恐らくですが、攘夷と倒幕など時期によっていろいろ、また人によっていろいろ意味が違ってくるのだとは推察しますが、辞書的にはこういう意味になります)などというとても日本的な、これ以上無いくらい日本的な革命というか、行為に参加していったのか、そして、どういう運命になったのか?を解き明かしていきます。私が興味があった事もこの点でした。

で私と致しましてはいまひとつ釈然としませんでした。合理的に考えることの出来うる人物が合理的でない事をする動機として司馬さんは「郷土的ナショナリズム」を大きな一因に挙げます(他にも技術者としての一面等も)。もちろん合理的に考える人物だからこそ、合理で割り切れない部分を持っていて、だからこその人間性が表れるとも思うのですが。私個人が納得しなかったというだけです、もちろん。

歴史小説(もちろん歴史的伝記小説を含む)はもしかしたら事実ではないかも知れません、全く事実と違う事は無いと思いますが、本当のところは誰にも分かりません。それでも作者(この場合司馬遼太郎さん)が多大な資料から推敲した結果としての、作者の歴史的事実を小説として読み応えがある、楽しく、考えさせられる小説としてとても楽しかったです。歴史上の人物を血が通った生きた人物として生き返らせる技術はとても素晴らしいです。

もうひとつ気になった事は、司馬さんはとても(私は本当に歴史が分かりません、知りませんし、その事をある程度恥ずかしく考えていますが、知っているからエライわけでも無い事は理解していますし、人の数だけの歴史があるとも言える、というスタンスをとっています)詳しい為に、それぞれに思いいれがある為、出てくる人みんなが物凄くスゴイ人として描写しているために少しクドク感じました、が、さすがの読ませるチカラはありますが。


小説になじみにくい人物を、ここまで描けるなんて…       おすすめ度
今、2度目を読み終わりました。高杉晋作、坂本龍馬、西郷隆盛etcは小説になります。でも大村益次郎は小説にはなじまないだろうと考えていました(この司馬氏の小説を除いて)。というのは、徹底した合理主義者で単なる技術者ですから。人を引きつける磁力に欠けた、極端な理系といった感じーむしろ人には嫌われるタイプの人間と思いますー。この小説が無かったら彼の存在は私の中では、相変わらず1行のままだったでしょう。