タタド
作者 小池 昌代
価格 1,470 円
出版社名 新潮社
出版年月 2007/07
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    第33回 川端康成文学賞   受賞
20年連れ添った夫婦とそれぞれの友人。50代の男女4人が、海辺のセカンドハウスに集う。倦怠と淡い官能が交差して、やがて「決壊」の朝がやってくる-。表題作のほか「波を待って」「45文字」を収録した短篇集。

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■読者の評価     おすすめ度平均

次の作品も読んでみよう。       おすすめ度
まずは表題作、これがあきれるほど普通の話。岩のような風貌の男とその妻が所有する海の別荘にそれぞれの知人が招かれて過ごす一泊の話なのだ。でも、そこにはほのかな官能がたゆたい、糸のような緊張がある。何気ない時間が過ぎていくのだが、水面下で進行している何かがラストでいきなり噴出する演出が秀逸だ。
次の「波を待って」は海水浴にきている家族の話。主人公である亜子の視点で語られる話は、思考の縦列としてどんどん読まされてしまう。五十にしていきなり波乗りに目覚めてしまった夫と、海を怖がる息子の時雄。この三人の関係が亜子の思考の上で動きはじめる。ラストの黒い波の反復が最悪の結果を象徴しているようで怖い。
ラストの「45文字」も奇妙な男女の関係が描かれる。仕事にあぶれブラブラしている緒方が街でばったり会ったのが、かつての同級生横山。彼はいま編集の会社を自分で経営していて、緒方に仕事を手伝ってほしいと持ちかける。美術全集の絵につける45文字のキャプションを書いてほしいというのだ。仕事を引き受けた緒方は横山のマンションに泊まりこむことになるのだが、そこにいた横山の妻もかつての同級生サクラダだったのである。もっと生臭い話になるのかとおもいきや、これは結構爽やかな作品だった。45文字のキャプションに固執する緒方が、なんにでも45文字の説明をつけようとしてしまうところがおもしろい。そういうことって、普段でもよくあるではないか。というわけで、三篇軽く読んでしまったのだが、まだこの作家が好きかどうか判断つきかねている。次の作品に判断をゆだねよう。


他者は自らによって存在し、自らは他者によって存在する       おすすめ度
 別荘という非日常空間の中で、男女4人がワインに酔い、アロエ化粧水を塗り、夏みかんを頬張り、...ってあたりはパジャマパーティ、まるでおとなの童話って感じだ。そして一夜が明け、朝食を摂ったあと、ふとしたきっかけから、「何かが決壊したとスズコは思う。始まった以上、それは止められない。終わりが始まっているのかもしれなかった」っていう不条理劇のような結末。現実における関係性と、自らの妄想の中の理想、欲望としての関係性って、皆、全然違っているはずだと思うんだけど、流れとか何かのきっかけで現実と妄想の関係性がスイッチのように切り替わることがあるかもしれないっていう可能性。
 これって他者からの認知、働きかけのコードが変われば関係性も変わる、つまり他者ってものが自らの規定によって存在するものであるように、自らは他者によって存在しているっていう。
 表題作以上にそのことを考えさせてくれるのが「45文字」。この作品はまるで「夢の情景」だ。自らの過去として引っ掛かっていた人物と偶然再会し、いきなり一緒の生活が始まってしまう、夢のような辻褄のあわなさ。この展開が何とも魅力的。
  陸上の補欠選手だったあの日の自分。そして「補欠という生き方」に対して、「あの一日、おれは確かになにもしなかった。だが、なにもしないという、すばらしい営為をしたんじゃないか」って肯定的に考えられるようになったのは、サクラダが補欠の自分に声をかけてくれたから、つまり他者が「補欠」の自分を認めてくれたからこそなのだ。久々に出会った緒方の「おまえ、作文、得意だったろ」「おれは、すきだったぜ」「ユーモアがあって、すごく面白かった。おれは忘れられないよ」って、思いもかけない言葉。これ当時聞いてたら主人公の人生は変わってたよね。言葉って、言った本人は忘れてしまうかもしれないけど、その言葉がその人を生かし続けるってこと、あるんだよな。