切羽へ
作者 井上 荒野
価格 1,575 円
出版社名 新潮社
出版年月 2008/05
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    第139回 直木賞   受賞
夫以外の男に惹かれることはないと思っていた。彼が島にやってくるまでは……。 静かな島で、夫と穏やかで幸福な日々を送るセイの前に、ある日、一人の男が現れる。夫を深く愛していながら、どうしようもなく惹かれてゆくセイ。やがて二人は、これ以上は進めない場所へと向かってゆく。「切羽」とはそれ以上先へは進めない場所のこと。宿命の出会いに揺れる女と男を、緻密な筆に描ききった美しい切なさに満ちた恋愛小説。

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■読者の評価     おすすめ度平均

愛する妻を見守る夫の物語       おすすめ度
一番心に残ったのは主人公のセイの夫である。セイの心の動きを本人以上に全て敏感に感知していたのは夫ではなかっただろうか。石和の存在により、セイの心の中に立った小さな波に気づく。ただ、それを本人に問い詰めることはしない。ただ、見守る。大きくならないよう念じながら見守る。ただ、見守るだけ。東京での打合せもそこそこに予定より早く戻ってきてセイを見守る。

夫にとって一番の試練は、亡くなったしずかさんの遺品の整理にセイが向かったときである。そこには小学校を辞めて行方不明になった石和が来ているであろうことをなぜかセイは予感していた。夫も自分から離れていくセイを追って、故しずかさん宅に向かう…。しかし、セイは現れた夫にを残して、石和とある場所に向かう。そこがこの本のタイトルでもある“切羽”である。帰ってこないかもしれない妻を気をもみながら待つ夫の気持ち。“あのとき夫は、床にぺたりと座り込み、私たちが放り出していった作業を一人黙々と続けていたのだ”という切羽から夫のもとに帰ってきたセイの回顧シーンに現れている。戻ってきた妻が自分を呼ぶ声に、夫は振り返り、“ああ、戻ってきたとね”と妻に微笑するのである。

そして、最後に石和が島を出て行くのを、一人で見守り、そっと祝杯をあげる。

そんな愛する妻を見守る夫の物語は、淡くかすかだが、確かに張り巡らされた伏線から読み取ることができる。セイが切羽から引き返してくることができたのはこの夫ゆえなのだろうか。


トンネルでの位置       おすすめ度
「切羽」というこれ以上先に進めないトンネルの例えが出てきて作品を貫くものとなってます。
主人公セイと石和は、トンネルの地点ではどこらへんにいたのだろう。
「切羽まで、歩いてゆきなさい」というセイが幼い頃母に言われたことを暗示する将来を描くのではなく、逆行した「切羽まで、いけない」という選択を自然にとり、臨場感が醸し出されせつなさが胸に迫ってきました。山田詠美さんは、かつて「切ない恋愛小説はいい」と何かでお書きになってました。
トンネルの入り口あたりに、二人は留まるしかなかったのかもしれない。

「切羽」まで歩いてゆき、つきぬけられなかったのは、セイの夫にたいする今まで培ってきた愛情や、誠実でありたいという気持ちからだったのではないでしょうか。
そんなセイに、好感が持てます。
むしろ、突き抜けてしまうほうにカタルシスを感じる方は、イライラしてしまうかもしれません。
逆に、突き抜けてしまうカップルも対照的に描かれてましたが、むしろ、今までの小説ではそっちの方に焦点を置いて書かれてるものが多いです。それはそれで、なんともいえませんが。
結婚していても、別の異性を心に宿したまま生きていく人は少なくない。そんな人たちを実際よく、見かけます。
人を好きになる気持ちは、どうしょうもないね、せつないね、という月並みな気持ちになりました。


久々に“美しい”と思える恋愛小説でした       おすすめ度
夫を深く愛しているからこその物語だと思う。
それでも普段隠れている自分のどこかが、夫とは違うものに惹かれ、
どうしようもない想いにとらわれて行くのもよくわかる。
単調な島の生活の中で、その刺激的な想いは主人公の内で強くなっていくのだけれど、
その合間にも描かれる夫との馴れ初めや日常生活が、
夫への愛の深さを再確認しているようにも思う。

そうして淡々と描かれて行く物語は、強烈ではないけれども、
美しい印象を残してくれた。
愛というものの深さ、恋というものの切なさ。
荒野さんの小説は、文体や漢字の分量も美しく感じられる。

余計ではありますが、
その昔、純愛物だからと「マディソン郡の橋」を薦められて読んで、憤慨した私のような者には、
「切羽へ」は、涙が出るくらいの純愛小説でした。


美しい作品       おすすめ度
二十歳そこらのガキが読んでも深く味わえない小説が直木賞を受賞して、喜ばしいことです。団塊の世代が大量にリタイアして、よき読者になることを期待すれば、この傾向がしばらく続いて欲しいと思います。
 淡い色彩のちょっと幻想的な風景画から、物語をすいっとすくいとって、季節のめぐりにそうっと流したような、そんな作品。意味ありげなエピソードも、登場人物の口にする言葉も、どういうことだろうと深読みしようとすると、作品の色彩が死んでしまう。
 主人公の好きになる男が、けしていわゆるいい男ではなく、ちょっと滑稽な感じがするところが、よかったです。世の中からかなりはぐれていて、一心不乱に盆踊りを踊ったり、女を挟んで恋敵と取っ組み合ってみたり。これがいわゆるいい男だったら、この物語の色彩がまったく違ったものになってしまったと思います。
余談ですが、このレビューのコーナーって、明らかに担当編集者が書いたと思われるものがありますよね。作品の紹介が的確で、文章もシロウトと違って読みやすい。購入する際にとても役立ってます。頑張ってください。


まずまず楽しめる作品       おすすめ度
直木賞作品なので読んでみた。直木賞作品の中でも文章は平易なほうだと思われる。スラスラと簡単に読み進められる。物語の展開にもスピード感はない。1その島の九州弁?の味わいとか、2比喩に味がある所などが魅力で、なんとか放り出さずに読了できた。

同じ平易な文章の川上弘美さんのような純文学的な味わいも少しあった。微妙な心理の綾を文章の、行間に織り込もうとしている努力は、決して全否定はできないくらいの成功はもたらしている。
主人公の他に、夫、石和、本土さん。月江、本土さんの妻。3人の男と3人の女が、濃密にと言うよりも、淡くそして時に一瞬、激しく絡む。その複雑な関係性は、なかなかに印象深く、直木賞に値する文芸性を持っていた。
またしずかさんという老いてゆく女性も別角度から本作を、印象深く彩っている。
石和に魅かれてゆく主人公の物語であるが、上記7人の書き分けも、学校の教師や子供たち、島の住民もクリアに印象に残り、創作空間はかなり強固に構築されていた。

自分個人の印象ではクライマックスで主人公と石和が二人で話す場面よりも少し前の、保健室で彼女が石和の足の指を治療処置する場面の「ドキドキ感」が、読んだ価値があった場面だと思えた。

そのようなことを読後に反芻してみると、直木賞を取ったことに不満はない佳作という結論にだけ行き着く。絶賛も出来ないが、読み通せばきっと納得できる読者が多いであろう、丹念に作られた文芸作品だ。
田舎の倦怠感と言うよりも、都会的な人間観察眼でもって人を見ている。淡い文体、淡い展開には、強く胸を揺すられる感じはあまりない。また主人公と石和のやりとりが最後まで薄すぎる。ずっとそうであるがクライマックスでも「切羽まで行きつかない」としか言えない。このあたりが弱く、そこにこの作品の限界があるとは言えるけれど、作者に感謝できる1作だと思えた。