川の光
作者 松浦 寿輝
価格 1,785 円
出版社名 中央公論新社
出版年月 2007/07
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■読者の評価     おすすめ度平均

ねずみたちの大冒険       おすすめ度
ねずみたちが次から次へとトラブルに巻き込まれながらも川を求めて冒険する様子にハラハラドキドキの連続でとてもおもしろかった。ねずみが巻き込まれるトラブルも人間の目からみると些細なことだが、ねずみの視点で見るととんでもない冒険となり、その大変さが丁寧に描かれていて読みやすかったし、猫や犬、モグラ、イタチなど、他の動物たちとの助け合いもとても心が温まった。また、ところどころにある挿絵も物語の情景を思い浮かべるヒントになって分かりやすかったと思う。


湘南ダディは読みました。       おすすめ度
芥川賞作家の空前の反響をよんだ読売新聞連載小説という帯に魅かれて読みましたが、本当に空前の反響を呼んだのでしょうか。小学校高学年や中学生向きのジュニア小説としてであればそれでもいいのですが大人の鑑賞に耐える作品かどうかは疑問です。読み始めてすぐリチャード・アダムスのウォーターシップダウンのウサギたちを思い出してしまいました。
本作「川の光」は川端の巣が暗渠化工事のために破壊される危険を感じたお父さんネズミと息子のタータとチッチが更に上流に安住の住みかを見つけようと旅立つお話。途中にはドブネズミ軍団のテリトリーがありお父さんネズミは勇敢に戦うのですが、負傷してしまいます。あわやのところを軍団との抗争に敗れて図書館で一匹で暮しているドブネズミの英雄グレンに救われたタータ達は生きていく意味を歌った詩「川の光をもとめて」を教えられます。イタチに襲われたり排水溝で離れ離れになってしまったり、命からがらの出来事が続くのですが、スズメの夫婦やゴールデンレトリバーに救われたりして、様々な冒険をしながらタッタもチッチも成長をしていきます。

確かに父と子の愛情やタッタの自立、困難にめげず自由の天地を目指していく様が心地よく描かれていますし、相応の年代の少年少女たちには面白いでしょう。しかしながら私見ですが、名作ウォーターシップダウンのウサギたちを読んだことのある読者であれば、本作はよく言ってもウサギたちの換骨脱胎、有体に言ったら焼直しの感は否めないと思います。このようなファンタジーが長く読者に読み継がれていくには込められた寓意に読者が感動できることが必要です。本作も自由をもとめる勇気を訴えたい物語なのだろうと思いますが、ウサギ達が様々の知恵や協力で戦っていくのに対して、タッタ達は犬や猫に救われたり、最後には人間達にも救われてラッキーが続くねという印象があまりにもありすぎるのです。


川の水はいつも新しい       おすすめ度
川辺に住むクマネズミの親子の冒険物語です。
と、単純に言っていい作品ではないと思います。

この作品の中に、「川」に対する描写がいろいろ出てきますが、エピローグに「川の流れは止まることがない。・・・川の水はいつも新しい。・・・川と一緒にいるかぎり、いつだって新しい自分自身になることができる。」という言葉が出てきます。
物語の発端は、木々を切り倒し整地して、川にふたをして地面を造るという人間の行為によって、棲み家を失ったネズミの一家の旅立ちです。
人間たちが自然を破壊して動物たちに犠牲を強いる、そんな話になっています。ネズミが死に掛けた時、こんな言葉がでてきます。「自分たちの安逸のことしか考えないニンゲンの好き勝手のしほうだいのせいで、あんなに美しかった緑の星は、今どんどん荒れつつある」。

ところで、この物語は何故人間を主人公にして書けなかったのでしょうか?読めば解るのですが、ネズミたちを助ける動物たちがいます。ネコ、イヌ、スズメ、モグラそしてドブネズミ。彼らは、何の欲得もなく彼らを助けます。時には、お節介とさえも思えます。この仲間意識、コミュニティ。現代人が失ってきたものが、ここにあります。それを、人間ではなくネズミで書いたことに、この作品の意味があると思います。


小さな命が教えてくれた       おすすめ度
これだけ読みやすく、奥の深い小説は今まで読んだ事がありません。

私の中で「良い文章」というのは、感情移入しやすいという事が一番です。
読売新聞の連載を毎日、仕事が終わると夢中になって読んだのは初めての事です。

ネズミという存在は一般的に汚くて見つけたら即退治の対象になる。
それは人間の生活を優先して見れば仕方のない事でしょう。

私もネズミを見たら「汚い生き物」と決め付けていたのですから。

しかし人間はそれほど偉い生き物なのでしょうか?

「宇宙から見れば、人間もネズミも同じ小さな生き物」
この本を読んでからそう思うようになりました。

チッチ タータ お父さん 3匹に巻き起こる事柄はまさに明日の自分の姿。
優しさも無関心も無意識も嫌がらせも、小さなネズミにとっては命と引き換え。

自分の不幸を誰かの責任に仕立て、嘆いてばかりいた昨日までが愚かであったと
川の光は教えてくれたのです。

可愛らしいイラストと共にいつもいつまでも浄化してくれる1冊となるでしょう。

迷うメガネデブ


回し車をくるくる回して暮らすような生活は、嫌なのだ、駄目なのだ       おすすめ度
 動物を主人公に、擬人法で描くビルドゥングスロマンってフォーマットはディズニーだ(ネズミでもあるし)。主人公であるネズミ親子と犬、猫、もぐら、雀って仲間たちとの関係性は「バンビ」「ダンボ」や手塚の「ジャングル大帝」を彷彿とさせる。物語としてのプロット、ストーリーの正攻法ぶり、わかりやすさは、著者のこれまでの作風に馴染んできた者としては、ちょっと意外、でも新鮮。夕刊とは言え、新聞小説で堂々の児童文学ってのも意表を付いている(井上ひさしの「偽原始人」以来?)。
  主人公の子ネズミ、タータの心に不意によぎった「いつかぼくも「終わる」んだろうか」って疑問に対して、この作品がひとつの答えになっている。人間が文字を生み出した原初的な理由として「死ぬのが、怖いんじゃないのかな」っていう的を射たネズミの言葉が挿入されているけど、文字って担保を持たないネズミにとっては、自らの記憶だったり、親子、友だちとのつながりこそが生きる証だろう。個々の生命体としての「終わり」は必ずあるけれど、記憶の連鎖は川のように流れが途切れることはない。生きるってことは、どれだけ他者に伝える記憶を持つかってことであり、どれだけ他者の記憶を共有出来るかってことであり、つまりは、自分を含めた他者をどう生きるか、他者を含めた自分をどう生きるかってことなんだと思う。タータの言う、「そうやって貸しと借りが順ぐりに回って、この世は動いてゆく」「どんなに安楽でも快適でも、四角い檻のなかで回し車をくるくる回して暮らすような生活は、嫌なのだ、駄目なのだ」ってのも、そうした文脈で捉えると、すぅーっと理解できるのだ。
 物語の地図に落とし込まれた「迫村橋」「榎田橋」って名前が松浦作品のファンにとってはサービスに感じられて、嬉しかった。逆にいつも思うけど、「あとがき」は要らない。批評家だから、作品を外から語りたくなる気持ちはわかるけど。