静かな爆弾
作者 吉田 修一
価格 1,365 円
出版社名 中央公論新社
出版年月 2008/02
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■読者の評価     おすすめ度平均

無駄なものが削ぎ落された残酷な世界       おすすめ度
テレビ局の仕事に忙殺されて、私生活を省みる暇もない主人公の早川俊平。
ある日、偶然に知り合った耳の不自由な響子に魅せられていく。
紙に書くことでしか意思の疎通ができないふたりの様子がもどかしくも巧みに表現さ
れている。
音のない世界は優しく穏やかだ。
慌ただしい生活を余儀なくされている俊平は、喧噪から隔離された世界に暮らす響子
に癒されていく。

この物語の中では驚くほど音がしない。
その代わりに描かれる情景は色彩豊かで、その時々の空気まで感じられるよう。
そういった意味では実験的小説かもしれない。
こんなに静かな音のしない小説は初めてだ。

俊平の視点で話は進んでいくのだが、
読者の耳は響子が感じているであろう静かな空間を漂うという不思議な空気に包まれる。

響子とのかかわりの中で俊平は、言わなくてもいいこと、
伝えなくてもいいことを取捨選択していくようになる。
言葉の重みを実感していく。

「悪人」や「さよなら渓谷」に比べるとストーリー展開は地味で変化に乏しい。
俊平の意識の流れのようであって、物足りなさを感じる人もいるかもしれない。
また、吉田修一さんが意識的にしていることかもしれないけれども、
言葉を発することのない響子の印象が薄く、存在感がない。
幻のような、不確実な人間に描かれている。
そのせいで響子のミステリアスさがグッと増していることも事実だが、
その実、物足りなかったりもする。

心が通じることと、相手の素性を知ることはまるで別物であるという
現実にも起こりえそうな、ちょっと恐ろしい展開に
吉田さんの底力を見せつけられました。


コミュニケーションの難しい恋愛       おすすめ度
響子に一緒に暮らすことを断られ、悲しいけれど心のどこかでホッとする俊平。
好きだけれど、突き進むことに躊躇するのは、危険やトラブルにみまわれてもその事実にさえ気づかない響子に対する恐れ。
愛する人をそんな危険にさらさらければならないことへの恐怖にあると思う。
気持ちを紙に書いてコミュニケーションをはかることには限界がある。
咄嗟に出てしまう衝動的な言葉は伝わらないし、早口でまくしたてればスッキリするようなことも書くための紙を探したり、
言葉を選んでワンクッション置いているうちに浄化されてしまうだろう。
そんなことから気持ちにズレが出てきてもおかしくはない。

耳が聞こえないという設定以外に響子の人物像が見えてこないのが残念。人物像だけでなく気持ちも見えてこない。
読者でもイライラするんだから俊平の気持ちが窺えますね

神宮球場の場面は喧騒が押し寄せてくるような感覚に襲われ、また不気味でもあり圧巻。
俊平の仕事の様子が詳細に描かれすぎてることに疑問を感じたけど、タイトルが「静かな爆弾」であることを考えると素直に納得できます。


時期が悪かった・・・。       おすすめ度
悪人を読んでから、読んじゃったもんだから、少々物足りなさを感じました。
でも、吉田修一の恋愛小説ってこんな感じだったような気がする、と思いながら。
男性目線からなのか、それとも仕事バリバリ系の男主人公だからなのか、
どうもかわきすぎてて・・・。
最後も、そうか、そうだよね。そうだと思ったよ的な・・・。
恋愛小説は、もっとどろどろしてたりする方が好きっすね。


外部に対する想像力の欠如       おすすめ度
物語の本線はテレビ局で働く主人公と耳の聴こえない女性との恋愛ストーリーです。
今までの吉田修一作品同様、環境や境遇の違う2人が紆余曲折を経て不器用ながらも恋愛を進めて行こうとする力強さが描かれています。
ただ本作ではシンプルな恋愛ストーリーの中に、タリバンによる仏像破壊の取材の記述を並列させることで、「外部に対する想像力の欠如」を主人公(と読者)に突きつけます。
途中、「大変なんだろうなとは思っていた。ただ、思うだけでその大変さを想像しなかった。」という文がありますが、遠い世界でおこる様々な出来事から隣に座る恋人の思いまで、
人はどれだけ強く真剣に想像することができるのかと問いかけてきます。
ラスト近くで主人公が遭遇する神宮球場の観客が、群衆の漠然とした想像力の無さのかたまりのようで、なんとも不気味に思えてしまいます。


音のない世界が炙り出す、話し言葉と書き言葉の差異       おすすめ度
 話し言葉っていうものは甘えや傲慢さを含んでいるものなのだと、この小説は教えてくれる。話し言葉には書き言葉にはないニュアンス、情報量が含まれていている。その“ニュアンス”を含めることが出来ない書き言葉であるメールの文章は、時に誤読を生む(顔文字はニュアンスを補完するための苦肉の策だ)。この小説の主人公の彼女、響子はしゃべることが出来ない(それにしても、この“響”という言葉は小説のテーマを象徴している)。主人公は、話し言葉、声、音といった情報が当たり前に存在する世界に暮らしていて、音のない世界に住む響子とのディスコミュニケーションに戸惑い、驚き、恐れを覚える。そして、響子と出会う前の日常が、いかにニュアンスに甘えたものであるのかを知る。まぁ、この小説の面白さは、話し言葉−書き言葉=ニュアンスあるいはノイズっていうものが、いかに豊かな情報であり、それを書き言葉、言語、文学に盛り込むことがどれだけ困難な作業であるかってことを、炙り出した点にあるんだと思うけど。ホットな話し言葉とクールな書き言葉は、まったく別のツールである、っていう。
 それともうひとつ、響子が野良猫にハムを与える行為を、主人公は最初「偽善的」って捉えるんだけど、響子自身は「もしかしたらこの猫、神様かもしれない」って捉えている、そのコンテクストの差異。主人公はそれを「施してやる」「施させてもらう」って言葉に整理しているんだけど、これもニュアンスに頼って一方的に押し付けるのか、逆に少ない情報量からいかに相手の感情、表情を読み取るのかっていう、Push的なコミュニケーションとPull的なコミュニケーションの考え方の対置、相違を示しているんじゃないかな。
 主人公は響子の世界を徐々に理解していくんだけど、小説の後半、仕事で自分しか見えなくなった主人公に甘えと傲慢さが芽生え、響子という存在を失ってしまう。結末はお楽しみだ。