作者 武田 百合子
価格 760 円
出版社名 中央公論新社
出版年月 1982/01
Amazonの詳細ページへ

  この著者の他の作品を検索する

著者名をクリックすると、この著者の他の作品を検索することが出来ます。

書名か表紙写真をクリックすると、 Amazon.co.jp の詳細ページに移動できます。

商品を購入する際は、移動先の Amazon.co.jp の購入ページにて、商品価格・在庫の有無や納期をよくご確認のうえ、お手続き下さい。



■読者の評価     おすすめ度平均

平凡にして非凡な境地       おすすめ度
淡々とした日記風の叙述でありながら、さりげないユーモアとペーソス、そしてドラマすら秘めた愉快な本である。著者は夫である武田泰淳と竹内好に連れ立ってソ連邦時代のロシア旅行に参加する。そこでこの二人の有名人が見せる人となりが興味を引くかもしれない。時は昭和44年(執筆は昭和53年)だから今から見ればおよそ30年の昔である。始まって間もない外国への観光旅行の実際はどうだったかも興味を引くだろう。インツーリストによって取り仕切られるロシア旅行はとりわけ不便だった。横浜から船でナホトカへ、ナホトカからハバロフスクまでは鉄道、そこからは空路でイルクーツク、次いでウズベキスタン、グルジアの諸都市をへてヤルタ、レニングラード、そしてモスクワへという20日間の長丁場である。
百合子夫人にとっては毎日見なれている大作家や大思想家よりは一人で参加した、飛びぬけて年上の錢高老人の言動に惹かれるものがあったようだ。観光地で何を見学したかについてはあまり期待しない方がいい。彼女の関心は日々の食事、そして夫君と竹内老人の福祉、つまり、ご機嫌である。初めての外国旅行でロシア語のカタコトを駆使して走り回るのはもっぱら彼女の役なのだ。しかしおそらく彼女がひそかに楽しみとしたものは何よりも異国で初めて見る人々の生活ぶりである。これに比べれば時おり姿を見せる2人の同伴者は年老いた弥次喜多さながらである。それは日本男性の典型的な国際的適応性と変わるところがない。夫君は彼女に向って「おいポチ、楽しいか」などと声をかける。彼女は中央アジアの都市を振り返って「前世というものがあるなら、そのとき、ここで暮らしていたのではないかという気がした」と思う。彼女は日々楽しかったのである。そしてそのような彼女の観察と言動が過不足なく読者に伝わってくる。


なんて素直な紀行文       おすすめ度
旅仲間とのやりとりが、そのまま素直に描かれていて、思わず「くすり」とする部分も。百合子さんに頼りっぱなしのご主人、個性豊かな「銭高老人」等、今の時代にこんな旅が出来るのだろうか…?また読み返したいです。


私の好きな人       おすすめ度
ロシア旅行の前に紀行文でも読んで少しは勉強しようと思い、新聞の読書欄でたまたま見かけた「犬が星見た―ロシア旅行」を手に入れた。読み始めてすぐに、これはいわゆる現地情報を仕入れるための旅行記としてはあまり役に立たないことに気が付いた。まるでおとぎ話のような旅行記なのである。非日常がくつろいだ日常のように翻訳され、ツアーでたまたま居合わせた人々は、家族のようにやさしい眼差しで描かれている。行く先々に形成される著者の私的空間が、読者の周囲に立ち現れ、沙漠のような異郷が身近な場所であるかのようで、その土地に親しみを覚えてしまうのだ。

長く旅行をしていると、普通の(こんな辺境を旅行していること自体は、普通とはいえないのだが)旅行者と違うレベルで旅行している人にごく稀に出会う。彼らの特徴は、いつもそうしているように朝食を取り、人々と関わり、子どもをたしなめたりすることである。見かけは大抵の場合、人種的に旅行者と判るが、振る舞いが現地に馴染んでいるのである。現地に馴染んでいるような、人々に愛されているような旅行者は大勢いる。そのような旅行者と彼らは違う次元であるということを念押ししておきたい。旅行慣れしているとか、何年も海外生活をしていたとか、文化人類学に興味があるというのも、ほとんど彼らの性質とは関係ないのである。

今までどのように周囲と関わりながら生きてきたのか?そのような人に対して、私はとても惹かれてしまう。武田百合子とはそういう人だ。



素直な心の美しさを味わう佳品       おすすめ度
物見遊山大名旅行である。日本人お得意のパックツアーのはしりであろう。有閑階級がちょっとした冒険気分に浸れる豪勢な「遠足」である。現代よりもはるかに海外旅行が難しかった時代(昭和44年)であるから、行き先の現地の人にとって、日本人の行動はさぞかし珍しく、滑稽に見えたことだろう。

この旅行の参加者の行動は金に不自由のない俗物のそれであり、知識人の自意識が何となく動きに箔を付けているものの、あまり格好の良い見物ではない。しかし、現代の暇な高齢者海外旅行団と比べてましだと思うのは、少なくとも著者に近しい数人は、自身の意思で行動し、現地と直に交わろうと試みていた点である。イワシの群れから少しは離れる意思を持っていたことである。それがなければこの作品は、作品として成立しなかったに違いない。

さて、散々なことを書いたものの、私の読後感はとてもよい。無垢な感性と確かな表現力とが同時に存在するケースは、まったく希有なことではあるまいか。あまりにも汚れのない、まっすぐな心情と行動は、読者を不安にさせるほどである。本書は作者の人柄によって命を得た。天使のような美しい心で紡がれた文章は、汚濁の現代においては哀調さえ帯びて心に沁みる。こんなに心の美しい人がいる。それは益々人嫌いが高じつつある私にとって、救済とさえ思われた。



オー ネッ○ 「あなたにぴったりの、、、」       おすすめ度
 かわいい人ですね、この女性。

 「富士日記」ですっかり彼女の魅力にヤラれちゃった方に、本書はかなりおススメ!相変わらずユニークでかわいらしく、どきっとする表現や比喩の宝庫です。まだ物資の少ないソビエト連邦(ここではロシアと表現)を旅した旅行記の本書では、異文化に触れた驚きや戸惑いや寂寞をたぐいまれな感性のレンズで切りとって見せてくれます。もちろん、生活に密着したネタに関しての文章のキレは相変わらずです。センテンスも短く、テンポもいいので通勤の電車や、ぽっとあいた時間で読むのに最高。

 こんな女性がパートナーだった武田泰淳さんのことを、ちょっぴりうらやましく思いました。