走ることについて語るときに僕の語ること
作者 村上 春樹
価格 1,500 円
出版社名 文藝春秋
出版年月 2007/10/12
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■読者の評価     おすすめ度平均

これだけ楽しませてもらってあと何が不満かというと....       おすすめ度
村上春樹の小説のファンには狭量な人が多いらしく、たとえば私がレビューで何を書いても、(他の作家の作品の場合に比べて)大体評判が悪い。完全に自分の意見に一致しなければ、提示された意見を排除したいようである。しかし、仮にあなたが考えていることを、他の誰かが100%代弁してくれたところで、そんな意見は耳に快いだけで、「参考」にはならないのではないか。村上春樹の作品は、そんな狭量さとは本質的に無縁なところにある、というのが私の感想である。もっとも、この作品に限っては、どうも読者層が違うらしい。コアなファン以外にも、かなり読まれているようである。

この作品では、「走る」ことをテーマにして、そのことの意義がさまざまに考察されている。いつもながら文章は明快であり、ちょっとした比喩や言い回しにも独特のセンスが感じられる。箴言・警句・格言らしき文もところどころにみられ、はっとする場面もしばしばである。この人の文章は留保なくすばらしいと今回も思う。

しかし何となく充足感が薄いのはなぜか。まず、統一したテーマがあるとはいえ、やはり寄せ集めた文章の弱み、何かを最初から最後まで見届けるような強力な構成でないことが大きいだろう。各章がある程度長いため、短文を集めたエッセイ集の要領では読めない。その半端さが原因のひとつ。しかしこれは読者側の問題であり、彼の落ち度ではない。もうひとつは、初出誌をみるとわかる。何となく予想していたのだが、思った通り、少なくとも一部は「格好よく生きる男」を前面に押し出すような雑誌であった。この手合いの雑誌には癖があり、何事も安手のドキュメンタリーよろしく、格好のいい「ドラマ」にしてしまう傾向がある。彼ほどの人がそんなことに流されたはずはないが、やはり無意識に文体や口調が変わったのではないか。そのことに私は途中で気づいた。


普遍的       おすすめ度
長距離を習慣的に走るとなると、走っている間に色々なことを考えざるを得ない。
走ることを習慣化させることについての理屈付けや、同じ時間に同じ場所にいる人や植物の変化の観察。苦しさを紛らわせる為にわざと他の事を考えたり、痛みや痛んだ肢体を他人のように擬人化したりしてみる。仕事の失敗や成功を走ることに重ねて考えることはしょっちゅうだ。

小説家は走るときに何を考えるのだろうか?非常に興味を持って読んでみたが、びっくりする位、私が普段走っている時に考えることに似ていた。もちろん、村上春樹よりも走る頻度は少なく、スピードも遅いし、海外で走ったこともない。それでも、村上春樹が、歩かないことをノルマにして幾分の願かけをすることや、走ることによって体調、もっと具体的に言えば進化と老いの兼ね合いを確認すること等を読んだときは、ランナーとは普遍的に同じ作業をするのかしらんとすら思ってしまった。

しかし、考えることは同じでもそれを表現する術は、サラリーマンごときが走りながら推敲した程度では当然ながらかなうはずもないレベルだ。読み終えた翌日はクラプトンを聴きながら気持ちよく走ることができた。


極めて内省的に       おすすめ度
 村上春樹が実質的に日本に紹介した米国の作家、レイモンド・カーヴァーの小説にして村上氏本人の手になる翻訳作品「愛について語るときに我々の語ること」が下敷きになっている書名である。が、中身はまるで無関係な村上氏のエッセイ。
 村上氏の趣味を超えたライフワークとも言ってよい、マラソンやトライアスロンなど「走ること」を軸に、ランナーとしての足跡(といってもレースの実績ではなく内面的な)と小説家村上春樹の内面を、行きつ戻りつしながら極めて内省的に記したエッセイである。
 「極めて」という言葉を使ったのは、これまでの村上氏のエッセイ、旅行記や音楽に関するものに比べて、という意味である。
 これらを扱ったエッセイでは、村上氏は客体(旅する地の風物や音楽、音楽家など)の描写や論評を通して自らを語っているが、本書では「走る」というある意味極めて自己完結的で内省的な行為を語ることで、自らそのものを語っている。というか語らざるを得ない題材なのである。「走る」ということは。
 もし、読者としてのあなたが、村上氏のこれまでのエッセイようなノリを本書に期待しているとすれば、いささか「重たく」感じることだろう。
一方、本書の中でも村上氏自らが語っている通り、自らについてここまで向き合ったエッセイはこれまでなかった。そうした部分を新鮮に感じられる方は、村上氏への「肉薄感」を得られるだろう。
さて、あなたはどちらを期待するだろうか


身体を通して考えることの大切さ       おすすめ度
この本は作者村上さん曰く、エッセイではなくまた個人史と言うものでもなく
『メモワール』と言うものだと考えているという。この本を読んで思ったことは

『あぁ、私は何年、身体を使って(通して)ものを感じたり考えたりしてこなかったのだろう』と、
途方に暮れたことでした。それだけ、村上さんは走ること身体を使って感じたことを
言葉では説明のつかないものを言葉に描いて来た偉大な作家なんだなぁと思いました。

私にはこの本は良質な哲学書の様に思えました。

この本には走ることについての成功例や楽しいことばかりが書いてあるのではなく、
村上さん命名の『ランナーズ・ブルー』(走ることが嫌になってしまったこと)も書いてあり
その苦しみや深い悲しみ出来事から出発することが書いてあるのでその、
優しさや偽善的でないところや公平なところがとても見ていて好きでした。

苦しいのはあなただけじゃないと問いかけられている気がして。
私も身体を通して感じることをもう一度見つめなおしたいそう思う本でした。オススメします。



村上春樹嫌いの人も、彼のことを見直すかも       おすすめ度
村上春樹が走る作家であり、毎年1回はフルマラソンを走り、
トライアスロンにまで挑戦しているというのは僕にとって相当意外でした。

「走る」ことを通して「書く」ことを語ったのがこの作品です。
走ることは、作家として必要な体力・持続力・集中力を
鍛えることができるそうです。
本書には村上春樹が走っている写真がいくつか収められているのですが、
確かに50代とは思えないほど引き締まったしなやかな体つきをしています。
ハングリーな精神と肉体を持つことは作家には不可欠だと僕は考えます。

村上春樹のこと、少し見直しました。
そして、僕も無性に走りたくなりました。