なにもかも小林秀雄に教わった (文春新書)
作者 木田 元
価格 788 円
出版社名 文藝春秋
出版年月 2008/10
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■読者の評価     おすすめ度平均

闇屋の哲学者の来歴       おすすめ度
近年の木田元の専売特許となった回顧物の一冊ということで、先行する著作と概ね同工異曲。
とはいえ、本書の美点は今更ながらに小林秀雄を看板に持ってきて、ドストエフスキーやモーツァルトを語るところにある。

亀山郁夫訳の『カラマーゾフ』ブームで若い世代にもドストエフスキーは改めて知られることになっただろうが、ベートーヴェンを本当に聴くきっかけになったのがドストエフスキーの小説作品のなかであるという評者の体験からすると、名前を知っていることと本当に知ることとの間には大いなる懸隔があるのであって、本書を通じてそのものに就くことになれば悦ばしい。小林秀雄もドストエフスキーもそして本書の木田もそのような開かれた書物を書いているところに大きな魅力があるのだろう。

そういえば、亀山訳ドストエフスキーは、初めて「小林秀雄とは切れた」ドストエフスキーという感じがしないでもない。

そういえば、モーツァルトを本当に聴くようになったのは、本書中にも書いている「走る哀しさ」と「死の傑作」(アンリ・ゲオン)という小林の引いていた言葉からであった。この小林的なモーツァルト理解は、短調偏重であって、オペラなど長調のモーツァルトの素晴らしさを見誤らせる結果になったともいえようが(『レクイエム』が一番好きというのは日本人くらいらしい)。それくらい小林の影響力は大きかったわけであり、彼以降も吉本隆明、柄谷行人と続く文芸評論家の文章が大学人も含めたニッポンインテリに及ぼしてきた影響を考え合わせれば、アカデミズムの力は弱かったとも言える。

木田元はあくまでアカデミズムの人だが、その人にして小林秀雄なのであった。ニッポン文化の一つの特色がここにあるのかもしれない。


保田與重郎こそが、隠れたキーワードなのでは???       おすすめ度
著者があとがきで認めているように、だいぶタイトルとは異なる作品です。そういう意味では、タイトルは、だいぶ現代のマーケティングの影響を受けているようです。たしかに「小林秀雄」は全体を貫くモティーフとなっていますが、全体は3つの部分に分かれています。一つはドストエフスキー、もう一つは「詩」、そしてハイデッガーです。この2番と3番は私の感性が及ぶ領域ではありません。むしろ着目すべきは、若者の読書遍歴とその発展の軌跡の系譜でしょう。海軍兵学校の閉校に伴い、戦後の混乱の中に放り出された17歳の少年がどのようにして生活の糧を得ながら、30歳の壮年期への入り口までに、どのように書物と格闘したか。その軌跡が赤裸々にその時点その時点で出合った書物と共に語られます。最後の章は、不思議です。ここでは、驚くべきことに、著者が青年時に出会うことのなかった書物の著者「保田與重郎」が小林秀雄とのコントラストの中で、「現代」の立場から整理されてたどられることになります。この章に底流として流れるのは、慎重に抑制されてはいるものの、不思議な郷愁と悔恨なのでしょうか。「fatum librorum (本の運命)というものがあるのと同じように、読み手のほうにも本との出会いの運命というものがあるのかもしれない」という結語は、重いものがあります。


老哲学者の思想的遍歴       おすすめ度
この本のtitleを見て、正統派の小林秀雄論を期待される方もおられるかもしれないが、80歳を過ぎた老哲学者が自分の思想遍歴を語った本と言ったほうが適切と思われる。その意味で、同じ頃にPHPから出版された自叙伝とでもいうべき”哲学は人生の役に立つのか”とoverlapする部分もかなりあるが、恋愛論や趣味の話にまで至るPHPからの本と違って、本書は思想的なものに限定されている。著者自身は本を割りと簡単に処分される方のようで、著者自身も認めておられるように、記憶に頼る部分も多いので、大雑把になってしまうところも多い。学者が自分の思想を形成するにあたっては、その方の若き時代の思想的風土が重要な背景をなすが、そういうものが既に歴史としてしか語れない現在の若い人にとって、こういう風にざっくばらんにそういう思想的風土を回顧談として語ってもらえるというのは、貴重な話と思われる。DostoevskyからKierkegaardを経てHeideggerに至った著者であるから、Dostoevsky論で有名な小林秀雄から感化を受けていても、別に驚くにはあたらないが、小林秀雄との最初の出会いはフランスの詩人、Rimbaudを通してであったらしい。著者が影響を受けた文学界の方というのは、小林秀雄にかぎらず、芥川や朔太郎については本文で言及されているし、後書きで唐木順三や山本健吉からも多大な影響をうけたと告白しておられる。そういうものの総元締めとして小林秀雄がいたということなのだろう。是非一読を薦めたい。