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■読者の評価
おすすめ度平均
...あまりに個人的すぎて... おすすめ度
勝手にしてよーうんざり、という言葉が感想というわけで。
他の彼女の作品は読んで惹かれるものがあり、好きな作家です。
が、これは自身のイライラを他人に移植させる... だからといって本人がこれを書くことで一体? 申し訳ないが趣味が悪いし気分も悪い。
他の彼女の作品は読んで惹かれるものがあり、好きな作家です。
が、これは自身のイライラを他人に移植させる... だからといって本人がこれを書くことで一体? 申し訳ないが趣味が悪いし気分も悪い。
切開と縫合=皮膚移植としての翻訳 おすすめ度
主人公は翻訳家で、仕事をするためカナリア諸島へやって来ている。彼女が訳している物語とは、騎士ゲオルクが龍を倒して姫を救うという話。島には「ドラゴン風」というものが吹き、島を乾かしているらしい。
乾いた河底を「わたし」と歩く「作者」は、こう呟く。<水があったら道ではなくて河でしょう。それでも別に困りはしないけれど。道がなかったら歩かなければいいのだから>。水が流れていた痕跡としての道と、ドラゴン風に追い払われた水。恐らく「水」は言葉の意味の、島に転がる「石」は単語のメタファーだ。乾いたインクの染みとしての文字が、失われた意味の痕跡だとすれば、「わたし」の訳した言葉は水性インクのように危うい。水の流れを伝えるべき言葉の群れは、実際に水が流れたなら、消失してしまうだろう。
統辞法の異なる言語への移植作業(=翻訳)に四苦八苦する「わたし」にとって、自らが逐語訳的に異国語の統辞法に沿って配列してしまい、意味を半ば解体してしまった日本語は、「濡れもせず乾きもせずに石の上に絶えず揺れている影」、言葉の分裂によって知覚も感情も分裂してしまった、彼女自身の影である。<道がなかったら歩かなければいい>という言葉は、翻訳者という存在、「わたし」を排除する言葉だ。
どこまでも異邦人でしかいられない彼女が「二十五メートルしか泳げない」のはどこか、カフカの『審判』で掟の門番が語る「三人目の門番を見ただけでも俺には耐えられない」という言葉に似ている。言語を越えて真実を見ようとする者が直面する、死や狂気のような、直視し難いものの露出。
「わたし」の皮膚に起こるアレルギーや、靴に勝手に入って痛みを与える小石、或いは島の人々との何気ない会話など全て、「文字移植」に伴う拒絶反応に苦しむ「わたし」の症状の表れでもある。意味の外れた文字の物質性から、皮膚感覚へ。
乾いた河底を「わたし」と歩く「作者」は、こう呟く。<水があったら道ではなくて河でしょう。それでも別に困りはしないけれど。道がなかったら歩かなければいいのだから>。水が流れていた痕跡としての道と、ドラゴン風に追い払われた水。恐らく「水」は言葉の意味の、島に転がる「石」は単語のメタファーだ。乾いたインクの染みとしての文字が、失われた意味の痕跡だとすれば、「わたし」の訳した言葉は水性インクのように危うい。水の流れを伝えるべき言葉の群れは、実際に水が流れたなら、消失してしまうだろう。
統辞法の異なる言語への移植作業(=翻訳)に四苦八苦する「わたし」にとって、自らが逐語訳的に異国語の統辞法に沿って配列してしまい、意味を半ば解体してしまった日本語は、「濡れもせず乾きもせずに石の上に絶えず揺れている影」、言葉の分裂によって知覚も感情も分裂してしまった、彼女自身の影である。<道がなかったら歩かなければいい>という言葉は、翻訳者という存在、「わたし」を排除する言葉だ。
どこまでも異邦人でしかいられない彼女が「二十五メートルしか泳げない」のはどこか、カフカの『審判』で掟の門番が語る「三人目の門番を見ただけでも俺には耐えられない」という言葉に似ている。言語を越えて真実を見ようとする者が直面する、死や狂気のような、直視し難いものの露出。
「わたし」の皮膚に起こるアレルギーや、靴に勝手に入って痛みを与える小石、或いは島の人々との何気ない会話など全て、「文字移植」に伴う拒絶反応に苦しむ「わたし」の症状の表れでもある。意味の外れた文字の物質性から、皮膚感覚へ。
実験的な匂いが強すぎる おすすめ度
翻訳をするために火山島を訪れた私は、しかし言葉と格闘するうちに次第に解体していく・・・。
翻訳・解釈という作業の難しさを、詩的実験的な文体でごりごりと書いていく、という感じでしょうか。狙いは何となく分かるのだけれど、そして理屈で説明のつかないことを表現しようとしていることも分かるのだけれど、私には少々実験的な匂いが強すぎました。
翻訳の不可能性 おすすめ度
英語を勉強し始めたばかりのころは訳すことに対して何の違和感も抱かなかった。しかしこの外国語が好きになり、深く知るようになるにつれどんどん訳すことができなくなっていった。直訳でも意訳でも、こんな文章じゃないと思うようになる。そんな私の違和感がこの本で語られている。
翻訳者の精神のねじれが小説に昇華 おすすめ度
翻訳をするために、火山のある島の友人の別荘にやってきたわたし。島を散策しながら出会う人や頭の中に思い浮かぶことと、外国語をそのまま文節毎に逐語訳した訳文が交互に重ねられ、不思議な雰囲気を醸し出している。翻訳をするときの精神のゆがみが小説に昇華したような魅力がある。単行本「アルファベットの傷口」を文庫にしたものだが、単行本と文庫のタイトルを変えるのは混乱のもとなのでやめてほしい。

