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■読者の評価
おすすめ度平均
夜のお化け おすすめ度
あまり読書家ではない。
著者を知ったのも最近だった。
鮮烈なデビューだったらしい。が、それは分からない。
小雨が降ってくるような文体だと思った。
それが好きだ。
普段は過剰な装飾でいっぱいの世界も、
夜になると闇によってすべてが裸の姿にされる。
すると、その闇の奥には、見えないが感じる、
世界を牛耳る化け物がいる。
化け物は何もしない。何もしないで夜が明けるまでいる。
夜が明けると、電車の窓から工場の煙が見える。
強烈な朝日。
小さなころ夜行電車に乗ったときの記憶がよみがえりました。
あの時、うきうきしながらも感じていた恐怖は、
夜のお化けだと、今は思っている。
著者も同じように夜行列車に乗っていてくれていたらいい。
著者を知ったのも最近だった。
鮮烈なデビューだったらしい。が、それは分からない。
小雨が降ってくるような文体だと思った。
それが好きだ。
普段は過剰な装飾でいっぱいの世界も、
夜になると闇によってすべてが裸の姿にされる。
すると、その闇の奥には、見えないが感じる、
世界を牛耳る化け物がいる。
化け物は何もしない。何もしないで夜が明けるまでいる。
夜が明けると、電車の窓から工場の煙が見える。
強烈な朝日。
小さなころ夜行電車に乗ったときの記憶がよみがえりました。
あの時、うきうきしながらも感じていた恐怖は、
夜のお化けだと、今は思っている。
著者も同じように夜行列車に乗っていてくれていたらいい。
言葉の力を感じる おすすめ度
37歳の今、このような小説を読むと、日本語が本当に新鮮に感じられます。
言葉のもつイメージ喚起力のようなものを
一つ一つ噛みしめるような感じで読み進めます。
無駄のない研ぎ澄まされた言葉の組み合わせで文章、物語が出来ているということを
初めて文章を読むような感じで読み進めます。
楽しい読書体験ができました。
ときどき読み返したくなります。
言葉のもつイメージ喚起力のようなものを
一つ一つ噛みしめるような感じで読み進めます。
無駄のない研ぎ澄まされた言葉の組み合わせで文章、物語が出来ているということを
初めて文章を読むような感じで読み進めます。
楽しい読書体験ができました。
ときどき読み返したくなります。
過渡期の作品 おすすめ度
2000年代の著者の作品が徐々に薄味になってきて、お嘆きの読者諸兄諸姉が多いのではなかろうか。
デビュー当初の90年代のめくるめく日本語の狂乱がだんだん薄れてきて残念だと思うのはわたしばかりではないだろう。
デビュー当初のあの異常な文体の功罪はともかく、あの頃の著者がエネルギッシュに文学を突き進んでいたことだけは確かで、それが最近作にはなくなってきた。良く言えば落ち着いてきたし、悪く言えば著者らしさがなくなってきた。
しかるに本書は両者の中間点として評価できる。ごく悪くないできばえである。
最低この程度の小説を松浦寿輝も堀江敏幸もめざしてほしいとは願うものの、所詮、才能の違いはいかんともしがたい。ともかく現代日本文学をひとりでリードする俊英作家である。
デビュー当初の90年代のめくるめく日本語の狂乱がだんだん薄れてきて残念だと思うのはわたしばかりではないだろう。
デビュー当初のあの異常な文体の功罪はともかく、あの頃の著者がエネルギッシュに文学を突き進んでいたことだけは確かで、それが最近作にはなくなってきた。良く言えば落ち着いてきたし、悪く言えば著者らしさがなくなってきた。
しかるに本書は両者の中間点として評価できる。ごく悪くないできばえである。
最低この程度の小説を松浦寿輝も堀江敏幸もめざしてほしいとは願うものの、所詮、才能の違いはいかんともしがたい。ともかく現代日本文学をひとりでリードする俊英作家である。
だいぶ落ち着いてきた おすすめ度
初期のころに比べると葉子の日本語もだいぶ落ち着いてきたとも言えるし、逆にだいぶ陳腐になってきたとも言える。二人称小説じたいヌーヴォー・ロマン以来、目新しくもなんともないので、「あなた」という人称は本作品ではどうでもよい水準にとどまっている。無論、昔の日本のブルートレインや今の欧州列車で夜行を経験した読者が「あなた」という人称によって過剰に本作に感情移入できる装置としては働いてはいるが。ただ全体として、いつまでたっても明けない長い夜、いつまでたっても醒めない長い悪夢を可能にする夜行列車の旅の連結という構成は秀逸だろう。
言わずもがなのことだが・・ おすすめ度
この作者の書くものはどれもそうであるように、
日本語の関節を外したような文章には独特の面白味があるし、
個々の断片にもそれなりの才知のきらめきはあるのだが
(たとえばバイカル湖を描写した一節)、
決してそれ以上のところには連れて行ってくれないというか、
おそらく作者自身、初めからそんなことを目指してもいない。
他のレビューでも指摘されているように、
タブッキの『インド夜想曲』を参考にして
書かれた作品であることは一目瞭然だが、
あの作品の主人公にはとりあえず
「行方不明の友人を探す」という目的があったし、
結末で一応の種明かしが用意されてもいた。
同じくミステリー仕立てにしてみたということか、
不穏めかした題名がつけられたこの作品、
二人称で呼ばれる主人公が旅をする理由は、
はじめのほうこそ「公演のため」などと書かれてはいるものの、
徐々に学生の頃の回想が入り込むにつれて曖昧となり、
要するに「単なる旅行」でしかないというか、
作者自身の旅日記からの引用であることは明らかで、
フィクションとしての構成が相対的に弱いというよりは
そもそもの頭から欠如している。
「互いにバラバラの乗客が同じ車室に乗り合わせた夜行列車」
というメタファーを最後に持ち出すことで、
作者はこの作品に統一を与えようとしている、というより
統一感のなさを言い繕っているのだが、
一見、身辺雑記のようにしか見えない保坂和志の作品群、
例えば『季節の記憶』や『カンバセイション・ピース』にも、
はっきり「ここで終わるのは必然」と思えるような
結末が用意されていたことからすると、
この作品のどうにも尻切れトンボ感の否めない終わり方には、
「またか」という感想を禁じ得なかったし、
もう少し意地悪い言い方をすれば、
海外での生活体験の豊富さと、小手先の文章のうまさに溺れて
今以上のレベルの作品を作ろうとしない作者の
自己満足のようなものを感じてしまったのも確かだ。
日本語の関節を外したような文章には独特の面白味があるし、
個々の断片にもそれなりの才知のきらめきはあるのだが
(たとえばバイカル湖を描写した一節)、
決してそれ以上のところには連れて行ってくれないというか、
おそらく作者自身、初めからそんなことを目指してもいない。
他のレビューでも指摘されているように、
タブッキの『インド夜想曲』を参考にして
書かれた作品であることは一目瞭然だが、
あの作品の主人公にはとりあえず
「行方不明の友人を探す」という目的があったし、
結末で一応の種明かしが用意されてもいた。
同じくミステリー仕立てにしてみたということか、
不穏めかした題名がつけられたこの作品、
二人称で呼ばれる主人公が旅をする理由は、
はじめのほうこそ「公演のため」などと書かれてはいるものの、
徐々に学生の頃の回想が入り込むにつれて曖昧となり、
要するに「単なる旅行」でしかないというか、
作者自身の旅日記からの引用であることは明らかで、
フィクションとしての構成が相対的に弱いというよりは
そもそもの頭から欠如している。
「互いにバラバラの乗客が同じ車室に乗り合わせた夜行列車」
というメタファーを最後に持ち出すことで、
作者はこの作品に統一を与えようとしている、というより
統一感のなさを言い繕っているのだが、
一見、身辺雑記のようにしか見えない保坂和志の作品群、
例えば『季節の記憶』や『カンバセイション・ピース』にも、
はっきり「ここで終わるのは必然」と思えるような
結末が用意されていたことからすると、
この作品のどうにも尻切れトンボ感の否めない終わり方には、
「またか」という感想を禁じ得なかったし、
もう少し意地悪い言い方をすれば、
海外での生活体験の豊富さと、小手先の文章のうまさに溺れて
今以上のレベルの作品を作ろうとしない作者の
自己満足のようなものを感じてしまったのも確かだ。

